------------
↓『フロン』(岡田斗司夫著、海拓舎、2001)より引用(27)
「家庭は安らぎの場ではなく、職場である」
まず、これを自分で実行してみるしかありません。
昨年10月より、家庭には週に3日しか帰らないというシステムを、作ってみました。
幸い、仕事をしている事務所には、寝泊りするスペースがあったので、残りの4日はそこで泊まることにしました。
家に帰る日は「必ず仕事をしに帰る」と考えるように心がけました。また、「少々の仕事ではこの曜日をキャンセルしない」「当日になって帰れない、といった事態は作らない」というルールも決めました。たとえアルバイトだって、職場にはそれくらいのルールと責任はあるはずです。
とにかく「自分の家だからいつでも帰れて当たり前」ではないし、「仕事があれば、いつ帰れなくても当たり前」でもない。「仕事をするために帰る」「仕事に行くのだから、キチンと時間どおりに出社する」と考える習慣をつけようとしたのです。
このシステムを実際に守ることで、私自身の心に深く刻まれている「家庭は安らぎの場」という考え方は少しずつ消えていきました。
しかし、「これだけでは不充分。まだまだ自分の性根はすわっていない」と知らされる事件が起きてしまいました。
それは、この週3日システムをはじめて3ヵ月くらいたったころのこと。『フロン』もすでに最終章までひと通り書き終わり、その理論が私の心のなかでほどよく発酵し始めていたころです。
「で、岡田さんところはどうなの?」という質問には、「僕は週3日、自宅に出勤しています」という話ができるようになって、一歩前進というカンジでした。
「夫婦仲が悪いわけじゃないですよ。むしろ週3日にしてから、前より仲良くなりました。週3日しか会っちゃいけないと思うと、その3日が楽しみで」などという自慢話もできるようになってきました。
でも、それを聞いた人の何人かからは「でも、結婚しているのに理由もなく別居しているなんて不自然よ。それじゃ、何のために結婚しているの?」と訊かれてしまいました。
確かに、そうかも……。
結婚していること自体がへんなの?
「週3日しか会わない関係になっても、結婚している意味って、何かねぇ? だいたい、子育ての間だけの契約関係のはずだよね、夫婦って」
すると、妻の答えはさっぱりしたものでした。
「結婚している意味なんてないよ。だいたい、結婚したのだって、世間体を気にしたからだけでしょ。私はあなたと一緒に暮らしたかったけど、結婚したいとは思わなかったわよ。だけど、同棲なんかじゃ親やまわりがうるさいから、結婚したんじゃない。だいたい、あなただって私にプロポーズもしてないわよ」
もともと彼女は、まわりが自分たちをどう見ようが気にしない、という性格でした。よく言えば「自分に自信を持っている」、悪く言えば「まわりに気をつかわない」たちなのです。
彼女にそう言われてみれば、確かにそうです。じつは結婚なんて意味はない。そして、夫は家庭からリストラされるべきである。
でも私は家族からリストラされ、週に3日しか帰っていないその時点でさえ、自分には「家族の待つ我が家」があると思っていました。
「リストラされたのに、まだ会社に席があると思いこんでいる、思い切りの悪い奴」
それが私でした。
「こんな中途半端な状態じゃダメだ。ちゃんと離婚しようか」
妻は穏やかに「別にいいよ」と答えてくれました。
その瞬間、いきなりすごいショックが打ち寄せてきました。「夫はリストラされるべきだ」という結論にたどり着いたときと同じくらいの大きな衝撃でした。
だって「自分の家」と思っていたのは、彼女の家なのです。自分の家に帰るのではなく「彼女の家に行く」なのです。彼女の家には、自分の子どもがいます。でも、その子どもの保護者は、私ではなくて彼女なのです。
家族にリストラされたときは、「安らぎのある家庭」がなくなったのですが、今度は「私の家庭」自体がなくなってしまったのです。
茫然自失の私を尻目に、妻ははりきりました。
「自分の家のことは、自分ですべて決めてよいんだな」とすばやく理解して行動を開始したのです。
まず、それまで住んでいた広めの一戸建てを解約し、自分と娘と犬が住むのにちょうど良い、こじんまりした一戸建てを近所に探し始めました。そして、あっという間に引っ越してしまいました。
「自分と娘と犬」という、彼女の「家族」にちょうど必要なだけの広さ。いくら改造してもいいという自由度の高さ。すべてが、彼女の好みにぴったりの家です。
働いている彼女の収入だけで、娘を養ってふたりで食べていけるだけの生活に、ダウンサイジングしたわけです。将来の自分のために貯金もするのだ、と言っています。
いままで、私とふたりの家、私とふたりのお金、私とふたりの人生ということで、考えないようにしていたこと、考えても仕方がないと思っていたことが、自分でコントロールできるようになったのです。
離婚しようといった最初の30分こそ、少し不安そうでしたが、それ以降はずっと、生き生きとしています。
別れた元・妻に言うのもへんですが、「何だか、カッコいいなぁ」と、嬉しくなってしまいました。
さて、離婚された私は、娘にとってはあいかわらず「お父さん」だけど、元・妻にとっては「週に3日泊まりにくる彼氏」になりました。
引越しを機に、自分の服や、大量の本も自分の事務所に運び込みました。収納家具やドラム式洗濯機も買って、自分で洗濯する習慣もつきました。
彼女の家に泊まりにいくときは、着替えとその夜に読む本を持っていきます。
「自分の家は事務所の3階」「週に3日、彼女の家に泊まりにいく」という感覚が、心のなかで落ちつきはじめています。
事務所にも「安らぎのある家庭」があるわけではありません。私が持っていた「安らぎのある家庭」は永遠に失われてしまったのです。
でも、それを悲しむのはいけないことだと思います。その安らぎは、見えない犠牲のうえに、不当に得たものの気がするからです。だからこそ、私たち父親や夫がリストラされるハメになったのかもしれません。
どんなに良い父親でも、いわゆる「父親」というイメージの存在である限り、将来的にはリストラされてしまうのだろうし、それがあるべき正しい世の中の流れなのではないでしょうか。
↑(引用ここまで)
------------
…ここまで割り切って実行に移せる、その自分に対する誠実さには、「お見事」と言うほかはありません。
自分だったら果たしてそこまでできるのか? ついそう思ってしまいます。
「育児のリーダーの一本化」と「お互いが一個人として自由であること」を優先順位として上位に持ってくれば、彼の行動は当然の帰結なのですが、「我が妻」「我が娘」「我が家」を持っているという安心感よりもそれらを上位に持ってくるまで割り切れるのかと言われたら、とてもその自信はありません。
朝、子どもを預けて仕事に出かける。夜、仕事から帰って来て子どもを引き取り、夕飯を用意し、洗濯・掃除をし、子どもを寝かしつける。
また次の日の朝、子どもを預けて仕事に出かける。
休みの日は、子どもと遊んでやる。
…これを365日ひとりでやりきる覚悟がなければ、岡田氏のように家庭からリストラされるしかないのだと、『フロン』を読み切った今は、理解できます。
無論、多くの母親が、毎日毎日これに近い生活をおくっています。
母子家庭などでは、確実に、ひとりきりでこの作業を毎日こなしているわけです。
これをやらないでいて(気が向いたとき・余裕があるときだけやるのも同じです)、「家庭」にメンバーとしていさせてもらうこと。
仕事をやらないでいては「会社」にメンバーとして扱われなくなる、すなわち、リストラされてしまうのと、同じことですね。
仕事と育児を毎日両立させる覚悟を持って、「家庭」に残るか。
それとも、「そんなハードスケジュールはとてもムリ」と割り切って、岡田氏のように、「家庭」から出て行くか。
…「子どもをもつ」ということは、「大好きな結婚相手を毎日一緒にも暮らしたいし、仕事で疲れて帰ったらラクに過ごさせてもらいたい」なあ~んていう甘えが一切許されない、覚悟のいる作業なんですね。あらためて認識させられました。正直、その事実にビビっています。
私の父は、私が小さい頃から、「別に結婚しなくたっていい。別に子どもをもたなくたっていい。でも、結婚しないと得られない苦労と成長があるし、子どもをもたないと得られない苦労と成長があることは、間違いない。それだけは、覚えておけ」と言ってくれていました。
私も、父がはじめて子どもをもった(つまり私が生まれた)歳をとっくに過ぎています。
恋愛。
一生一個人として自由に生きる、ということ。
親やまわりの目との付き合い方。妥協点。
仕事に対する姿勢。
お金。
…そんな私の父だって、はじめからそんな考え方に行き着いていたわけではないだろうし、人間はいつだって未熟なまま次のステップへ進むものなんだろうな、とも思います。
育児や家庭の愚痴をこぼす毎日だけは送らないようにしよう! なんて、不安ながらも決意するわたくしでありました。
『フロン』あとがきも、次回で最後です。
