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↓『いつも風を感じて』(島田紳助著、KTC中央出版、2004)より引用(03)


弟子をしていた若い頃、憧れたものに、大阪の「重亭」のハンバーグがあった。
大阪、千日前。千日前デパートが火事になり、今はビッグカメラになっている場所の、ちょっと路地を入ったところに、洋食屋・重亭はあった。
高級洋食屋だった。たぶん定食が千円とか、いくらだったか忘れたけれど、とても弟子のぼくらには食べられる値段ではなかった。
そこは、出前をやっていなくて、ぼくら弟子が、師匠の食べるものを注文し、取りに行くのだった。今はもう変わってしまったが、吉本興業のお笑いの桧舞台「なんば花月」の近所だったのである。


「はい、お待たせしました、ハンバーグ定食」
湯気の出ているハンバーグが、おいしそうなソースの匂いをさせながら、おかもちに滑り込む。おなかのすいたぼくらはくんくん匂いをかぎながら、それを運ぶのだった。
洋之助師匠は、それをおいしそうに食べながらも、高齢のせいか、残されることも多かった。ぼくは、残ったハンバーグのかけらをひと口食べるのが楽しみで楽しみで、口に入れると、ものすごく味わって食べた。そして、思った。
いつか、出世して、このハンバーグを食べよう。このハンバーグを食べたら、一人前やと。
きれいになった皿をおかもちに入れて、店に返しにいくときも、ぼくは、一人前になった自分が、重亭で思いっきりハンバーグを食べる姿を思い描いていた。


漫才ブームが来たとき、ぼくは二十三歳くらいだった。
紳助・竜助の漫才は、なんば花月で連日爆笑を呼んでいた(でもなかったが)。
ぼくは、仇のように、重亭のハンバーグを食べた。
自分で行ったりもしたし、ぼくが昔、師匠のためにしたように、若い者に取りに行ってもらったりもした。
その後、漫才ブームは終わり、ぼくらはなんば花月に出なくなって、劇場自体がなくなり、ぼくは、二十数年、そのハンバーグのことを忘れていた。


「あのハンバーグ……」
どうしても食べたいという食欲ではなかった。でも、ここ数年、気になってしかたがなかった。なぜ今、それを思い出すのだろう。
それで、とうとう、長女に付き合うてくれと言って、ミヤウチという花屋の友だちと三人で、重亭に行った。
「ここはもともと、千日前デパートで、その後プランタンになって、ほんでこのビッグカメラや……」
長女が知っているのは、プランタンの終わりくらいからだろう。そのビルに向かって右側の道を百メートルくらい入ったところの左側に、白いのれんがかかっていた。
白地に、重亭、と書いてある。
昔のままだった。うれしかった。
「三十年くらい、いっしょやなあ」
そう言いながら中へ入ると、カウンターのなかにコックさんが五人くらいいた。
狭い店で、その規模から考えれば、コックさんは二人がいいところだろうに、五人が五人、自分の仕事を一生懸命しているようだった。
今も、ものすごく繁盛していて、テーブル席で相席するのも当然な感じ。それでもみんな、早く食べたいのである。
幸運にも三人で座ることができたとき、女将さんが奥から出て来られた。女将さんも三十年の年を重ねてきていらっしゃるはずなのに、ぼくも年を取ったせいか、まったくあの頃と変わらないように見えてしまう。
「師匠、お久しぶりですぅ」
話しているうちに、何度も「師匠」「師匠」と呼ばれて、ぼくはなんだか不思議な気分になってきた。
師匠のハンバーグを取りに来ていたぼくが、三十年近く経って、ここへ来て「師匠」と呼ばれている。
すごいタイムスリップしたようだった。
三十年近く経っているというのに、久しぶりな感じもしなかった。


「おいしいわあ」
長女は感心しきりに食べている。ぼくの、娘が……こんなに大きくなって。
ぼくはまた、十八歳の自分を思う。師匠のハンバーグをおかもちに入れて、のれんをくぐる瞬間。
師匠が残した一切れのハンバーグを口にできた喜び。漫才ブームで、毎日ここのハンバーグを食べた二十三歳の時間……。
一気に、感情がよみがえった。涙が止まらなくなった。
昼の日中に、なんでもないのに、ハンバーグを見ながら、泣く男になってしまった。
「おっとう、泣かんとき」
長女が、笑っているような、たしなめるような、でもぼくの気持ちをわかっていてくれる顔で、そう言った。
「わかってる。わかってる」
全然違うことを考えたらいいのだ。全然違うこと。全然違うこと。
でも、途中から味がわからなくなりながら、食い切って、外へ出た。


芸人でわかってくれそうな……パンチみつおに、メールをした。
「……今、重亭に二十数年ぶりに来た。ハンバーグを食べたら、泣いてしもた」
すぐに返事が来た。思いは、同じだった。
「売れたら食べるという、夢やったもんな。食べ物と音楽は、昔に返してくれるよな」


↑(引用ここまで)
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…数年前、私が高校生の頃から十数年通いつめていたカレー屋さんに、T君とふたりで行きました。
T君も、私と出会った5年くらい前からちょくちょく食べに連れて行っていたお店でした。


当時からさらに4年ほど前に店舗のビル改装のため立ち退きをさせられ、どこかに移転してお店は続けているという噂は聞いていたのですが、どうにもその移転先を見つけられず、ずっとあきらめていました。
しかし、ひょんなところから移転先の情報を得て、すぐに店に電話をし、ご主人と数年ぶりに話をすることができ、今日はあと1時間で閉まってしまうというので、急いでクルマを飛ばして、ようやくたどり着くことができました。


…女将さんも、ご主人も、私のことを覚えてくれていたようで、移転のいきさつやらを話してくれました。
あの頃と変わらないメニュー。
あの頃と変わらない味。
T君の好きだった、なぜかジャンボカレーセットについてくる味噌汁。
あまりになつかしんでいたからか、女将さんが内緒でサービスしてくれた唐揚げ。
…涙が出そうになりました。
こんな感動は、久しぶりでした。
うれしくて。
なつかしくて。
『食べ物と音楽は、昔に返してくれる』。
紳助氏の重亭のハンバーグの話を思い出しました。


恋愛やら仕事やらふざけた話やら、目の前の楽しいことはたくさんあるけども、こんなとき、ふと「こんな感動を味わうために、私は生きているのかもしれない」と思うのです。
家族や、付き合いの長い奴や、過去の自分。
その「思い」に触れることで、ふだんは意識もしていない、大切な何かを思い出すこと。
自分にとって何が大切なのか、思い起こさせてくれた、カレー屋さんとの再会でした。


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