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↓『フロン』(岡田斗司夫著、海拓舎、2001)より引用(23)


もし子どもを大学にまで行かせるなら、いくらぐらいの出費を覚悟しなければいけないのでしょうか。
東海銀行の試算では、もっとも安い公立校のコースで1000万円、私大医学部に通わせると4805万円、という数字が出ています。これには当然ながら、子どもに与えるお小遣いや旅行、留学費用などは入っていません。あなた自身が親からしてもらったことを考えると、もっとお金がかかることは容易に想像できますよね。


もっともっとお金をかける子育ても、いくらでもあります。私立の幼稚園から小学校、とエスカレーターで行かせることも、育児方針のひとつです。子どもの可能性を伸ばすため、早期教育や情操教育に力を入れることもできます。
この場合も極力、夫への依存率を減らす方策を模索する必要があります。夫以外から、収入や援助を得られるように努力すべきでしょう。


私は、多数の「経済的な問題さえなければ、夫は不要だ」と断言する妻たちと話をしました。
お金のために、好きでもない人と暮らすのは、苦痛以外の何ものでもありません。その人からの援助を受けるしか道がない人生は、なおさらみじめだと思います。
生活費の10%でも20%でも、夫以外から得る方法を捜しましょう。あなたが働いてもいいですし、実家から援助してもらってもいいのです。別の異性からの援助でも、あなたが平気なら別にかまいません。
貿易立国では自給率が重要なように、夫からの100%援助のみでは、あなたは夫にいつまでも隷属させられることになります。これでは有利な契約は難しいですね。


経済自給率を上げるもうひとつの方法、それは子どもにお金をかけすぎないことです。
産業社会では、多少無理をしても、子どもに多額な教育費をかけました。そうしても、あとで見返りがあったからです。
が、いまの子どもは本当に「自分の気持ち至上主義」で育っています。高い学歴を取得して大企業に就職しても、他に興味があることができれば、簡単にやめてしまうでしょう。
また、年老いた親の面倒を子どもが見ないからといって法律的な罰則は何もありません。
「自分の気持ち至上主義」の子どもが、ぼけた親を介護する、という重労働を引き受けてくれる可能性は、皆無だと考えて差し支えありません。
子どもにお金をかけても、あとでいいことはひとつもないのです。とにかく、これからの子育ては、手に職でもつけて早く一人前にしてしまうほうが、いいのではないでしょうか。


これからは、「子どもを幸せにする」ではなく、「子どもを早く一人前にする」という目標を持つことが、健全な子育てへの道になると思います。
子どもの「本当にやりたいこと」や「隠れた才能」探しに付き合っているとキリがありません。気がつくと「専門学校だ、留学だと遊び続ける大人を援助している」という事態に陥ってしまいます。
子育ての仕事のひとつには「デタッチメント」(子別れ)があるのです。できるだけ早く子どもを手放して、あなた自身の「自由度の高い人生」にまた戻ってください。


子どもにかけるお金を減らし、別ルートでの収入を確保できると、夫に対しても自信がついてきます。
「あなたとの契約をやめても、私はやっていけるわよ」という自信をつけましょう。そうすれば、自然と夫との契約が有利に運びます。


夫のほうでも、経済的、時間的、精神的に余裕がどれくらいあるか、個人でばらつきがあると思います。
能力を超えたことは約束させないように気をつけましょう。長続きをさせるためには、つねに少しずつ、楽しい範囲で助けてもらう、が原則です。
やりたい、やれる、と考える7~8割。いつももう少しできるかも、もう少ししたいな、という気持ちでいてもらうくらいが、長続きするコツです。


しかし、何よりも契約のときに大切なのは、互いに感情として完全に自由であることです。
「もう私のこと、嫌いになったの? ひどいわ。私はこんなにあなたが好きなのに」
「オレを信頼できないのか? オレはいままでこんなに家族に尽くしてきたのに」
こういった感情の押しつけ合いにならないように注意しましょう。
家族はいま、ほとんどの人にとって牢獄となっています。
その、家庭における辛いこと、牢獄の鉄格子を壊してしまいましょう。
そのための作業が、父親のリストラと、「シングルマザーと元父親」との再契約なのです。


↑(引用ここまで)
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…何のために、誰のために、子どもを育てるのか。
子育てをしている状況下で、夫婦関係をどの程度のものにしていきたいのか。ふたりの能力・お金・時間を考えて、それは達成可能なのか。
「夫婦ふたりの子どもを、夫婦ふたりで育てる。つらいこともあるだろうけど、かわいい子どものためならがんばれる! それが本当の幸せ!」というホンワカしたイメージばかり先行してしまっている人にとっては、岡田氏のこの主張は、なんだか「契約」だとか、「有利に運ぶ」だとか、政治的なギスギスした印象しか持てないと思います。
しかし、この話のポイントは、最後のこの部分に尽きます。


『何よりも契約のときに大切なのは、互いに感情として完全に自由であることです』。
『もう私のこと、嫌いになったの? ひどいわ。私はこんなにあなたが好きなのに』。
『オレを信頼できないのか? オレはいままでこんなに家族に尽くしてきたのに』。
『こういった感情の押しつけ合いにならないように注意しましょう』。


感情の押しつけ合い。
別に子どもがいなくても、結婚していなくても、ただ付き合っているだけでも、こういう事態はありえます。
「自分はこれだけしているのに、あなたは何もしてくれない」
「結婚(恋愛)してるんだから、このくらいはするべきでしょう。なのになんでしてくれないの?」
…最悪の事態です。
しかし、よくありがちな事態でもあります。


岡田氏の主張は、すべてこういう事態を避けるためになされています。
なぜなら、こういった感情の押しつけ合いのどれもが、「いやいや。そうは言ってもその相方と結婚(恋愛)に踏み切ったのはオマエ自身が選択したことだし、もっと言えば、するべきことをしてくれない相方程度しか選べなかったオマエの『人を見る目のなさ』を反省すべきなんとちゃうの?」という『結局すべては自己責任』であることと表裏一体だからです。


だったらそうならないように、あらかじめうまく距離をとりましょうよ、と。
そりゃ、相手が何をしてくれなくても黙って許せるのが理想なのかもしれませんが、我々はそんなに人間ができているわけでもないし、常に気持ちに余裕があるわけでもありません。


自分の義務はゼロ。
相手の義務もゼロ。
基本的に、相手には何も期待しない。
期待はしないけど、してほしいことがあったら、「お願い」してみればいい。断られるかもしれないけど。
…付き合う直前や付き合って間もない頃は、そんな気持ちだったはずですよね。


つまり、同居についても、結婚についても、育児についても、この距離感を保てるように、世の中のホンワカイメージに負けずに、ちょっと工夫してみましょうよ、と岡田氏はこう言っているんだと思います。
そのためには、


自分の義務はゼロ。
相手の義務もゼロ。
基本的に、相手には何も期待しない。
期待はしないけど、してほしいことがあったら、「お願い」してみればいい。断られるかもしれないけど。


…これを意識して生活ができるような環境を作ること。
その環境を作るために邪魔なものは、できるだけ排除すること。


…相手への100%の経済的依存。
…育児にお金をかけすぎてしまいがちなこと。
…仕事で疲れている相方に、時間的・能力的にキツい約束をさせてしまうこと。
…育児で疲れている相方に、メシ・フロ・ネルを当然のように要求してしまうこと。それも、毎日。


…親の考え方や自分自身の育てられ方、自分の周りにいる人たちの雰囲気によって、排除できる要素は当然変わってくると思います。排除するのに、精神的苦痛を要するものだって、あると思います。
誰だって、多少なりとも世の中の「そういうもんだ」というイメージに、洗脳されています。
私だってそうです。
自分のできる範囲で、そういう環境を作る工夫をしていきたいものです。。


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