【哲学】の方でも安直な「戦争反対!」には苦言を呈しているみつなりですが、66年前に空襲で焼死しないように、川の近くで毎日整地作業などをさせられていた当時の学生たちの「学問」に対する心持ちを思ったり、そんな中、原子爆弾で命を絶たれた彼ら・彼女らを思ったりすればするほど、慰霊碑を前に手を合わさずにはいられませんでした。。
もっと歴史を知って、もっと自己研鑽したい。。
ふと「彼らの死を自分を高めるために利用しているだけでは?」とよぎったりもしますが、それは「震災があっても、周りに自粛”させられる”のでなく、自分は自分のできることを地道にするだけ、それが一番だ」というのと同じなのかなぁ、と思ったり。
とにもかくにも、こうして手を合わせることで自分が「生かされている」ことと周囲への感謝を再確認できる一日でした。。
…それでも、「平和を!」「戦争をなくそう!」という、歴史的背景無視の子どもじみた「スローガン」ばかりの平和記念公園には、「おまえら本当に、勉強してそう言ってるのか?」と嫌気がさしましたけどね。。w

