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↓『フロン』(岡田斗司夫著、海拓舎、2001)より引用(18)
男は、自分が男だというだけで、自分をリーダーだと思っています。
「生物として男がリーダーになるようにできている」
「女は冷静な判断などができない生物だ」
ここまで言い切らない男でさえ「自分が稼いでるんだから、自分はリーダーのはずだ。そうじゃないのは不自然だ」と思っています。金を出しただけで映画の内容に口を出すスポンサーのような理屈ですが、このロジックを決して疑おうとはしません。
一方の女は女で「女がリーダーをできるわけないわ。私が決めてることがほとんどだけど、最終的にはダンナが責任取って当然でしょ。ふたりの間の子どもなんだし」と考えています。
夫は男の体面をかけてリーダーをさせてほしい。妻は責任回避のためだけに夫にリーダーをやってほしい。
しかし実際には、家庭ではほとんどの判断を妻がこなしています。そこに「でも、リーダーは夫である」というウソを入れてしまうと、どうなるでしょうか?
家庭内で順位の混乱が起きます。子どもにしたら、どちらの言うことをきいたらいいか、どんなふうに行動したらよいか、わからなくなります。
この状況では、子どもに「アルファ症候群」が出てしまいます。
「アルファ症候群」とは、飼い犬におきる心理障害です。少し前から話題になっていますので、聞き覚えのある方も多いでしょう。
犬という生き物は社会的生物だと言われています。群の順位を遵守し、その群のボスであるα(アルファ)の意向が何事にも優先します。よく訓練された飼い犬は、自分の飼い主をαだと認識しています。そのため自分より体力や戦闘力で劣る子どもですら、ボスとして尊敬し命令に従います。
しかし甘やかされて育った犬は、自分をαである、と勘違いしてしまいます。群のボスが誰だかはっきり特定できない。これは自分がボスになるしかない。成長期にそう思いこんでしまった犬を矯正するのはひと苦労です。
飼い主が甘やかして育てた犬は、自分が群のリーダーだと勘違いして、飼い主にかみついたり、威嚇したりするようになる、というわけです。
しかし何よりも注意すべきは、じつは「自分をαである」と思いこんでいる犬はけっして幸せではない、ということでしょう。本来なら自分より体も大きくエサも与えてくれる人間が、犬から見て頼りないからしかたなくαという役割を引き受けているのです。しかし、群のリーダーとして吠えたり噛んだりしたら、やはり人間からは叱られる。結局は本当のαにはなりきれなく、犬の心にストレスはたまる一方です。
この状況を「アルファ症候群」と呼ぶわけですね。
さて、犬の話と育児の話を一緒にしたので、不快に思われる方もいるかも知れません。しかし幼児期のしつけには言葉も通じず、何度も忍耐深く教え込まねばなりません。危険なことをしたら、あとでなくその場ですぐに注意する。じつは子犬の訓練と幼児へのしつけには、思ったより共通点が多いのです。
人間は犬ほど極端でないにせよ、誰が上で誰が下と認識することで、安心して集団への帰属意識を味わうことができます。もちろん全員が平等、というのが理想の人間関係かもしれません。しかしそれは力量差がほとんどないとか、お互いに理性で行動をコントロールできる、などの特殊条件がないと成立しがたいでしょう。
家族という現場では、上下関係は明確に発生します。すなわち「保護する側=決定する者」「保護される側=決定に従う者」です。ところが、現在の家庭では、決定権のあり場所がはっきりしません。
夫は責任を取れる状態になく、妻は責任を取りたくないから、家庭の判断が場当たり的になってしまうのです。
母親の言うことが通る場合も多いけれど、父親の言うことが通ることもある。それどころか、子どもの言うことが通る場合すらある。
これでは、子どもは何とか自分の意見を通そうと、どんどんわがままを押し通すようになります。ついには、自分がリーダーだと、とんでもない勘違いをしかねません。
↑(引用ここまで)
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…『しかし何よりも注意すべきは、じつは「自分をαである」と思いこんでいる犬はけっして幸せではない、ということでしょう』。
…『「保護する側=決定する者」「保護される側=決定に従う者」』。
…『もちろん全員が平等、というのが理想の人間関係かもしれません。しかしそれは力量差がほとんどないとか、お互いに理性で行動をコントロールできる、などの特殊条件がないと成立しがたいでしょう』。
育児においても、仕事においても、ふだんの人間関係においても、「相手とどう距離をとるか」「相手に自分をどう理解させるか」「どうやって自分に一目置いてもらうか」が何よりも重要だと私は考えています。
それは、人間関係づくりの上での日々の「プチ洗脳力」というか、影響力の与え方の「腕前」だと思うのです。
ありていに言えば、「自己表現力」です。
子どもに、自分の身の程をわからせる。「保護される側」であることをつねに意識させる。
職場の人間に、自分の仕事っぷりや気遣いを認めさせる。自分がどういう人間なのかわかってもらう。
友人にも、自分が何をされたら怒るのか、何をすることが好きなのか、日々の言動の中でわかってもらう。
…そういう意味では、毎日が勝負です。
毎日ゴハンを食べさせて、世話かけてやってる子どもに、ナメた態度とられたり。
「職場の人は、自分のよさを全然わかってない」とボヤいたり。
友人に腹の立つことをされても言えずに、ためこんだり。
…全部、自分の責任ですね。ひとえに、人間関係づくりの「腕前」のなさによるものです。
「アルファ症候群」の話は、「自分の存在をいかにまわりにわからせるか」を考えるにあたって、とても興味深い例えです。
