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↓『島田紳助100の言葉』(島田紳助著、ヨシモトブックス、2011)より引用(11)


「普通はね」と、世の中の常識のように語ることがあります。
その普通のほとんどが、その人の作った、その人の常識なんです。


だから、自分の普通を作るのです。
スゴイ努力も毎日やれば、その人の普通になるのです。


だらしない人や怠け者も、本人はあまり気づいていません。
なぜなら、その人にとってはそれが普通だからです。


↑(引用ここまで)
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『自分の普通を作る』。


以前に「優しさ」=「自発的行動のレベルの高さ」という話をしたと思うのですが、ちょっとレベルの高い、ちょっと気取った(ようにも見える)行動を、なんとか背伸びしながら続けていくうちに、それが自分の「普通」になっていくのです。「普通」にこなせるレベルが、だんだん高くなっていくのです。


…あなたや、あなたの身近な人に、いませんか? 「こいつ、”普通”にこなせることのレベルが違う!」と感動したり、「この人に比べたら、自分なんか全然”普通”のレベルが低いやん」と焦らされたりする人が。
私の周りには、数えるほどしかいません。というか、ほとんどの人が「レベルの低い”普通”」だったり「”世間様”なんていうイメージだけの、てめえのアタマで考えていない”普通”」だったりしか持ち合わせていないように思います。こいつら、自分を鍛えてないな、「素敵」じゃないなって。あくまで、私個人の感想ですが。。


「この人の公共意識、ずば抜けてるやん! 日々自分を鍛えてるんやろな」とか、「あ、この人のさりげない配慮、素敵!」とか、「久しぶりに会ったけど、この人の行動レベルがものすごく高くなってるやん! なんだか自分がちっちゃく見える」とか、そんなふうに思わせてくれるオリジナルな「普通」をお持ちの人、いないっすよ。どいつもこいつも、「感動」と「驚き」を振りまいて生きようとしていないというか。。ちょっと言いすぎですかね(笑)。
少なくとも、私個人は、そんなレベルの高い「普通」を振りまこう、「素敵」な自分でいよう、と工夫しながら日々生活しているんですけどね。


「普通は結婚したら奥さんが財布をにぎらなきゃ」…なに、そのつまらない「普通」? おまえの「普通」=「世の中の常識」か? 思い上がるな。奥さんが財布を握ったパターンと握らなかったパターンの実例や実体験や見聞が、どれだけあってその「普通」に至ったんだ?


「高齢出産って大変だよ」「年とってから子どもの相手するのは大変だよ」…そのおもしろくもない発言の意図はいったい何なんだ? 相手を不安がらせるだけじゃないのか? 若いけどカネに余裕のない出産・育児と、歳とってからだけどカネに余裕のある出産・育児の比較検討がなされての意見なのか?


逆に、私が「”誕生日”は別にそいつ自身は偉くともなんともなくて、その日にがんばって産んだおかんに感謝し、祝うべき日なんとちゃうか?」という「私の普通」を提示して、「それは素敵な考え方だな」と言ってくれたのは、私の父親くらいです。


…こんなふうに「どいつもこいつも、おもしろくもない”普通”しか持ち合わせてない」と調子に乗る私を看破してくれる「普通」を持った人、いないもんですかね?
そんな人がいつ目の前に現れても恥ずかしくないように、もっと「素敵」な振る舞いができる自分になれるように、今日も「私の普通」を鍛え続けるみつなりです。。


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