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↓『えせ田舎暮らし』(島田紳助著、KTC中央出版、1997)より引用(02)


「おっとう、えらいことや。グーフィーが、池で死んでる!」
「ママは?」
「池の横で、気ィおかしなったみたいに泣いてる」
ぼくは、あわてて立ち上がった。まさか、グーフィー。グーフィーが、死んでるなんて。
言えの裏にコンクリートで固めた池がある。冬場はもう、周りに雪が四十センチは積もっているし、危険な状態だな、とは思っていて、子どもたちには「近寄るな」と言ってあったのだ。
さっき脱いだばかりの湿った長靴を履き、滑らないように、足の内側に力を入れながら、ぼくはふだんより肩をいからせて前を行く長女を追った。
そして、水面の上に凍えて浮かぶグーフィーと、池のふちでワンワン泣いている妻と、その横でぼんやりしてしまっている三女が、いっぺんに目に入ってきた。


「なんちゅうことや…」
冷静に、四つん這いになって水面に近づき、棒でだんだん、こっちへ寄せる。
氷のような水の冷たさ。しかし、とにかく、重くなって動かない犬をこっちへ寄せて、やっとのことで、抱き上げた。
その重さ。その冷たさ。池のふちの雪の積もったところに、犬の必死の足跡が残っていた。
「おまえ、なんとか上がろうとしたんやな」
それを見ると、ぼくはせつなさにいっぱいになった。
大きな犬だけに、ほんとうに腕がちぎれるかと思うくらい重かったけど、ぼくは抱いたまま、山へ上がった。


(中略)


短い付き合いの犬だったが、この能勢にいっしょに住んだという意味ではグーフィーも、ぼくらの同志だったのだ。だから、ショックは大きかった。
その日の夜遅く、大阪での仕事から帰ってくると、みんな、ご飯も食べていない。
「メシ、食うてないんか」
みんな、やりきれない顔のままだ。全員眠らずに、ぼくを待っていたのは「このままでは眠ってられない」気持ちだったのだろう。こんなに寒いのに、家中がだまってしまったら、また寒さが何倍も増すような気がしてくる。


「裏山で、今からソリ遊びするぞ」
「おっとうは、悲しくないのん?」
「ええから、来い」
時計は深夜の一時をまわっていた。
友だちみんなでサッカーをしようと取り付けたナイター照明をつけ、グラウンドにソリを持ち出す。
「いくぞォ」
「あ、おっとう、すべってる、すべってる」
真っ白な雪、ピーンと張り詰めた空気の中。体を動かしていると、だんだん、だんだん、心もほぐれる。悲しみは簡単には消えないし、簡単に忘れてはいけないけれど、一回、ほぐれなければ、あんな悲しい緊張感をかかえたままでは、眠ることができない。
「キャハハハハ」
ぼくらはその夜、どうしても一回、笑いたかったのだ。


↑(引用ここまで)
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…『悲しみは簡単には消えないし、簡単に忘れてはいけないけれど、一回、ほぐれなければ、あんな悲しい緊張感をかかえたままでは、眠ることができない』。


この歳になると、悲しい場面に接する機会がずいぶん増えます。
もっと歳をとれば、親の死に目をはじめとして、次々と悲しい場面に出くわすことでしょう。
その時に、「こんなときに、どうしていいかわからない」では、済まされません。
親の死に目には、喪主をつとめることだってあるのです。
そして、それは必ずやってきます。


今のご時世、「自分の感情に素直になること」を美化しすぎるきらいがあります。
「こんなときに、どうしてそんなに冷静でいられるの? 冷たい人ね」と。
それはどこか、飲み会で酔っぱらってない奴に向かって「みんな酔っぱらってるのに、どうして酔ってないの? つまらない人ね」と言っているのに近しいものがあります。


大きなお世話です。
「自分の感情に素直になる」奴なんて、「自分のワガママで周囲の人間に平気で迷惑をかける」のと紙一重やぞ。
ショックのあまり、冷静でいられなくなることなんて、そりゃ誰にでもあります。
だからといって、「周囲の人間に対する気遣いを忘れていい」ことにはならないと、思うのです。


微妙な問題ではありますが、紳助氏のような家族への対応や心遣いを思うと、「こんなときに、どうすればいいか心得ている」人間でありたい、とそう思うのです。


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