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↓『島田紳助100の言葉』(島田紳助著、ヨシモトブックス、2011)より引用(02)
初詣は行くべきです。行って賽銭を投げて拝むのです。
それもかなり本気で拝むのです。
向こう側に神様はいないわけですが、やはり心の中にいるのです。
ですから、初詣とは、自分に対する決意表明なんです。
できるだけ強く、己の心にしみ渡るまで、本気で念じるのです。
決意をするなら、初詣が効果的なんです。自分自身を洗脳するために。
毎日手を合わせ、己に決意をしてください。
やがてそれは、自分の中で当たり前のことに変化し、実現の可能性は、当然高まるのです。
↑(引用ここまで)
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初詣は、行くべきではないと思います。
神社と寺の違いも、神道と仏教の違いもわからないうえに、坊主や巫女(のコスプレをしたアルバイト)に小遣いをくれてやっている自覚もない。
これといった政治的・宗教的ポリシーもなく、その歴史的背景を学ぶことなく、アホみたいな顔して、カネを落とすために自ら行列に並ぶ。
…なんだか自分の価値をおとしめているだけのような気がしませんか?
まるで「私は無知ですよ」「私は不勉強ですよ」「私はポリシーがないですよ」と発表しながら歩いているようで、「春 = 花見」「夏 = 花火」「冬 = クリスマス」「正月 = 初詣」なんていう「イベントを楽しもう」的な輩を見ると、「恥を知れ!」と言いたくなってしまいます。…穿った見方をしすぎでしょうか?
それとも私が思っている以上に、「消費社会」のイメージ戦略に踊らされて、モノを買わされ、行列に並ばされているように見えて実は、みなさん勉強されていて、ポリシーもお持ちでいらっしゃるんでしょうか?
紳助氏の言うところの「”初詣”を自分の決意表明、自分の向上心のために”利用”したれ」という発想は、とても好感が持てますし、理にかなっているとは思います。
しかし、先に私が述べたようなデメリットを考えると、どうにも「自分の価値を下げる」リスクをカバーできるほどのメリットはないように思えるのです。
みなさんは、そういう世の「イベント」事と、どう対峙していますか?
…ちゃんと自分のアタマで考えて「セレクト」していますか?
…「恥」をさらして歩いていませんか?
