------------
↓『下世話の作法』(ビートたけし著、祥伝社、2009)より引用(31)


「100年に一度の経済危機」って何なんだ。証券会社の破綻とか、サブプライム・ローンのいんちきさってメチャクチャじゃないか。


貧乏人を騙して家を買わせて、担保がないからおかしな証券つくってばらまいて、しまいに自分の会社が破綻するとなったら、社長は300億円の退職金をもらって逃げちゃった。
普通は迷惑をかけた客にカネを返すだろう。
貧乏人からカネを吸い上げて、上のほうにいるやつだけ持ち逃げするなんて信じらんないよ。


↑(引用ここまで)
------------


「何か楽しいことないかな?」「モテたいな」とか、普段うわついたことばかり考えるのも大変結構なことですが(私だってそうです)、いざ自分の働いている会社が傾いたとき、選挙に行くとき、自動車事故かなんかを起こしたとき、何かトラブルがあったとき、「この場から逃げ出したい」「なんとかやり過ごせばいい」と、うわついたままの自分でいるのか、モードを切り替えて真摯に対応できる自分でいるのか、「誇らしい自分であるかどうか」が試される機会って、けっこうあると思うんです。


普段の「うわついた」モードのほかに、ちゃんと「これが俺の生き様だ」と言えるような「刀」を持っているかどうか。
自分では「刀」を持っているつもりでも、安定した日常をのほほんと送っていると、いざというときに「刀」を抜けない情けない自分がいたりして、自分で自分にガッカリすることってありませんか?
私はあります。
だからこんなふうに、「刀」が自分の鞘に刺さっているかどうか確認しないといけない、「自分がどんな生き様を見せて死んでいくのか」をちょくちょく意識しないといけない、と危機感を感じているのだと思います。


あなたは、どうですか?
ちょっとした日常のトラブル、たま~に出くわす大きなトラブルに、肝を据えて対応できる「刀」を持っていますか? 身近にそんな「肝の据わった人」、いませんか?


…そんな「肝の据わった自分」が意識できなくなったとき、私もあなたも、そこらじゅうにいる「下品で、てめえのことしか見えていない下衆」に成り下がってしまうと、そう思うのです。


ペタしてね