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↓『下世話の作法』(ビートたけし著、祥伝社、2009)より引用(16)
音楽家でも画家でもいいけど、アートのやつが一般の人よりも優れていて偉いなんてとんでもない話でさ。
アフリカ大陸の貧しい国に行ってみれば、アフリカで必要のない商売がいっぱいある。
アートだってその程度のもので、いくら有名で売れていても、飢えている人たちの前では何の役にも立たない。
要するにアフリカで困っている人にとっては、種をまいて食物を育てて、ごはんをつくってくれる人がいちばん偉い。
食事を持ってきてくれる人が神様みたいに偉いんであって、音楽を聴かせてもらっても絵を見せてもらってもしょうがない。
お前のアートなんか食えねえじゃねえかって。
その程度のものでしかないのに、アートをやってます、私の作品は高いんですっていうやつが、いつの間にか偉いということになっちゃった。
一所懸命に働いて食べ物を得ている普通の人よりも、アートのやつのほうが上にいる。それで普通の人を見下してばかにする。
そんな時代はおかしいんだ。
↑(引用ここまで)
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農業、漁業などの第1次産業に従事する人たちへの敬意。
食事の前に手を合わせて「いただきます」と言う習慣もそのひとつと言えるでしょうが、たけし氏の言うように、自分の職業との対比によって「エンターテインメントとは何か」「芸術とは何か」「食とは何か」を見つめなおし、自分を戒める態度が、第3次産業の膨れ上がった現代日本においては、もっと重要視されてもいいと思うのです。
「自分のしている仕事など、所詮誰かの金儲けの手伝いにすぎない」
「自分のしている仕事など、第1次産業の人たちに比べたら、暑くもなく、寒くもなく、重労働でもない」
…と日々再確認と自戒を怠らなければ、食べ物を粗末に扱ったり、不安だからという理由で買いだめをしたり、日本の第1次産業を大切にしない政党に投票したりするはずがないと私は思うのですが、皆さんはどうでしょうか?
