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↓『下世話の作法』(ビートたけし著、祥伝社、2009)より引用(10)


政治家を見れば国民のレベルが分かる。
昔からよく言われた。
たしかチャーチルの言葉じゃなかったっけ。


それで言うと、2008年の自民党総裁選は下品だったね。あのみっともなさってないよ。


候補者が五人、いきなりマイクロバスから身を乗り出して手を振ってる。何だ、わざとらしいなって思ったもん。
総理大臣になればSPがまわりを固めて、怪しいやつが近づこうものなら「あっち行け」だろう。
それが選挙の時だけバスの窓から顔出して手を振って、商店街に行っちゃあ「やあやあやあ」って、ばあさんに握手までしてさ。


あんな下品な格好は見たことない。
そんなにまでして票が欲しいのか。じゃあ選挙に受かったら同じことやってくれよな。


だいたい日本の選挙自体がみんなそうで、票をもらおうって時だけ握手、記念撮影、記念撮影っておかしいじゃないか。
もっとおかしいのは「握手してもらったから」と一票いれるばばあがいる。
タレント議員か何かに握手してもらって「ああ、もう一生手を洗わない。あの人に投票しよう」だって。
お前なんかに選挙権やりたくねえよ。


その程度のやつが議員を選ぶし、議員は下品な選挙運動をやるんだろう。たまんないもの。
「政治家を見れば国民のレベルが分かる」の言葉どおりだ。


政治家は国民を映す鏡みたいなもんで、民主主義ということを考えれば、議員の責任は国民の責任のはずだろう。
日本の国民は国会議員に文句を言うことは言うけれど、それを選んだのは自分たちだって頭がない。
「官僚の天下りがなくならないのは国会議員のせいだ」って言うけど、その国会議員を選挙で選んだのはお前だろうと突っ込まれたら「まあ、そうだけど」ぐらいにしか答えない。


↑(引用ここまで)
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たけし氏が「政治家は国民を映す鏡みたいなもんで、民主主義ということを考えれば、議員の責任は国民の責任のはずだろう」と言うように、「政治」に対して何を言うか、どういうスタンスでいるかを見れば、その人のレベルがわかる、と私はそう思っています。


ニュース番組か何かを見て、安易に政治家の文句をたれる人。
「そんな偉そうなこと言うおまえは、いったい何を考えてどこの政党に投票したんだ(というか、投票に行っているのか)?」と言いたくなります。

普段からどの程度外交や国の歳入・歳出について情報を集め、どうすべきだと考えているのか。
どの政党がどんな主張をしていて、掲げる公約は実現可能なものなのか。財源確保についてはどう謳っているのか。
比例代表や小選挙区といった投票方法についてどんな意見を持ち、めぼしい候補者がいなかったり、投票の判断がつかないときには白票を入れるなどして、「主(あるじ)」としての意思を示しているか。
「だったらおまえが代わりに政治家をやれるのか?」と突きつけられるかもしれない、という謙虚さを持ちつつ、批判的に「日本の政治」を見ているか。


…こんなことは当然といえば当然だとは思うのですが、これらのことを自分のアタマで考えてきっちりやっている人間なら、「今の政治はどうしようもない」的な安易な批判などできるとは思えませんし、「消費税をなくせ」「年金問題をどうにかしろ」などと目先の自己利益しか見えていないような注文ばかり口にするはずはないと思うのです。


「政治」について、その人が何を語るか。何を語らないか。
ふと政治の話題になったとき、じっとその人その人を見てみると、その人の「主(あるじ)」たる意識のレベルが、その人が「まとも」な人物であるかどうかが、見えてきますよ。
…それ以前に、自分自身がきっちり「勉強」できていることが大前提ではありますけどね。。


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