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↓『学校嫌い』(江川達也・山田玲司著、一迅社、2007)より引用(03)
江川:なんで俺が先生をやろうとしたかというとね、「俺だったらこういう授業をするぜ!」と思ったから。でも、それは俺仕様の授業なんだよね。
俺は本当に勉強が好きな人に、本当の勉強を教えたかった。エリート教育がしたかったわけ。生徒のなかに、そういうやつがいるかなって思ってたんですよ。でも、一学年に二~三人しかいなかった。
山田:じゃあ、教えても意味ないなって感じたんですか。
江川:意味がないっていうか、一番悩んだのはね――たとえば、テストやるじゃない。で、テストを返して答え合わせしたあとに、採点ミスがないか聞くと、生徒みんなが並ぶんだよね。俺は採点ミスしてないんだけど、答案を見ると、答えを書き替えている。
山田:答案を改ざんするんですか?
江川:改ざんして一点でも多く取りたいという、そのみみっちい根性が嫌だったね。少しでもいい点を取って、いい暮らしをしたいみたいな――そういう根性が生徒にもあるし、親にもある。
まあ言ってみれば、国際社会のなかで、自分をごまかしてでも商品を売って戦っていかなきゃならないみたいな。そういう日本人のみみっちい根性がみんなに染みついている。
山田:でもそれはある意味、改ざんしてまでいい点を取るっていうのは、勉強していたってことですかね。つまり、ちょっと悪いことをしてでも、グローバリズムのなかで勝ち残っていくためには、多少の改ざんもありだという。
江川:だって受験勉強がそうでしょう。本来、テストというのは、普通に勉強していたら当然できるものだからね。それを、テスト用の対策で勉強して、というのは本当の実力ではない。受験勉強している時点で、粉飾決算だよね。要するに、社会に出れば罪にもなる粉飾ということを学校で教えているってことですよ。
↑(引用ここまで)
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テスト勉強は『粉飾決算』!
…私が以前、韓国料理店に勤めながら大学院を目指していたとき、その韓国料理店のオーナー(韓国人)に呼ばれて話をしていたときのことです。
オーナーの「キミは今後どうしていくんだ?」という質問に対して、私は「今、大学院に入るための試験勉強を頑張っています」と答えたところ、オーナーは激怒して、「”試験勉強を頑張る”とはどういうことだ! それはキミの普段の実力と違うではないか。本末転倒だ」と私に言い放った、とそんなことがありました。
…確かにオーナーの言うとおりです。
「試験」はあくまで1回のサンプルをペーパーテストや面接によって抜き出し、私という人間の資質全体を判断する「検査」の手法のひとつなのであって、その1回の「サンプル」に向けて「勉強」するという考え方は、まさに「本末転倒」です。自分の資質をごまかす「粉飾決算」です。
「試験」用に勉強して、目標とする学校や就職先に合格したとして、それが自分の本当の実力なのか、本当にそこで勉強する(働く)資格が自分にあるのかと聞かれたら、実力不十分であると言わざるを得ないのではないでしょうか。
…理想論だと言われてしまえば返す言葉もありませんが、「試験」「自分の本当の実力」「自分の本当の向き・不向き」に対峙する心構えとしてそういった認識を持っておかないと、自分でも気づかないうちに、江川氏の言う『みみっちい根性』が染みついてしまうと、私は思うのです。
