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↓『学校嫌い』(江川達也・山田玲司著、一迅社、2007)より引用(02)
江川:美術は時代のあだ花だから。でも、法律体系や社会のシステムが崩壊しちゃったら、なにもかもが崩壊しちゃうじゃない。だから、そっちのほうが大事じゃない?
山田:僕たちはどっち側にいるんですかね?
江川:俺自身はね、好き勝手やって、ブワーッてやって楽だよ。だけど、そうやってきちんと管理しなきゃいけない人たちさえも、ブワーッとやっちゃっているから、ちゃんとした枠組みはやっぱり作らなきゃいけないと思う。枠組みがないから学校が荒れちゃうんだよ。
山田:さっきの話で言うと、そんなに江川さんと僕は変わらないと思うんだけど。
江川:そうそう、美術系においては変わらないの。俺のほうがよっぽど行っちゃっている。君はスカトロ漫画は描いてないけど、俺は平気で描いているからね、うまいこと刷り込ませて。
『ラストマン』なんか、はっきり言ってすごいからね。
山田:そうですね。思いきりスカトロもありますからね。
江川:変態傾向には俺のほうが行っているよ(笑)。
山田:そうですね。そんなことで競ってもしようがないけど(笑)。
江川:だから、そっち方向には俺はOKなんだよ。だけど、その方向だけでやっていくと、社会が崩壊していくからね。
いま、まずいのは、山田君的にそういう方法を増やしすぎてしまった結果、羊飼いみたいな番をちゃんとしなきゃいけない人さえもきちんとやらなくなっちゃったことですよ。
山田:僕が言っているのは、要するにサブカルでということ?
江川:ずっと前に君が、なにかそ破壊する必要があるって言ってたんだけど、俺はそれも必要だと思うのね。要するに、時代に合わなくなった権威は崩壊したほうが危機感持つからね、みんな。
で、崩壊したあとのことを、誰かが前もって準備しておかなきゃいけないわけ。ただ、それを準備しているやつがいないんだよ。そこに問題がある。
山田:オノ・ヨーコさんが同じことを言ってました。「だから革命はダメなのよ」って。
江川:そう。だから、そんなことは、ちょっとわかる人にはわかる。そこで構築しなきゃいけないのは、緻密に計算した立法というか、そういうものであるべきだと思うよ。
それは普遍的な面があるから、過去の歴史を考えれば、日本がどうやって近代国家になって、立法をどうしていったとか、ナポレオン法典とか、どうやってローマ帝国を成し得たのかとか。そういうことを分析して作り直すとかね。
そういうことを論理的に考える必要があると思う。どうですか?
↑(引用ここまで)
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みんながみんな「自由気まま」「破壊的」に生きたら、「秩序」はいったい誰が作るのか? という江川氏の指摘は正しいと私は感じています。
江川氏が『崩壊したあとのことを、誰かが前もって準備しておかなきゃいけないわけ。ただ、それを準備しているやつがいないんだよ』と危惧するように、誰もが「娯楽」「破壊的言動」「非現実」という「清涼剤」「サブシステム」みたいなものばかりにうつつをぬかす現代において、「秩序」「法」「枠組み」「管理すること」なんて損な役回りは、誰もやりたがらない。。まるで、そんなことには価値がない、と言わんばかりに。
私は、「権威は悪」「偉そうにすることは悪」「人を管理することは悪」「みんな”自由気まま”に生きることが善」…みたいな今の世の流れに危機感を覚えるのです。
単に「昔は良かった」に終わらない、「やみくもに人に権利を与えない」「管理しなければならない人間もいる」意識と枠組みづくりの必要性をあらためて感じさせる、江川氏の対談でした。
