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↓『男の器量は女でわかる』(里中李生著、三笠書房、2008)より引用(12)
今の時代、女は本当に強くなったのだろうか。
私から言わせると、「女は優しくなくなった」だけとも言える。
強気一辺倒の言葉。男を馬鹿にして笑っている姿。公然と「手のひらで転がせる男がいい」と言っている。無論、打算的で、「食べさせてくれるだけの仕事をしていないと嫌だ」と心の奥底で思っている。それを口にして恥ずかしい様子を見せない女もいる。セックスに関しても同じ。「やらせてあげる」と息巻く。
そういう女が激増している様を見て、
「女が強くなった」
と言っている人たちは、さらに彼女たちをつけあがらせ、時代を落ちぶれさせていることに気がつかないのだろうか。
先日、彼氏に対してこんな台詞を吐いている女がいた。
「抱かせてあげないと、口でもいいからやってくれって言うんだ。仕方ないからしてあげるんだけど、出しても、またすぐに勃つんだよね。すごく迷惑なんだ」
こんな女、昔はいたか?
昔も今も変わらないと、若い人たちは言う。だが、明らかに女は変わった。優しさを失ったのだ。
誰が女たちをつけあがらせ、こんな優しくない時代を造ってしまったのか。
そう、男たちだ。
男が、女たちを野放しにしているのが問題なのだ。
言うまでもなく、男の勃起が迷惑だと言っているこの女と、なぜか付き合っている男がいることが、破綻している。不思議としか言えない。
そんな女は一刻も早く捨ててしまえ。
私は本当に怒っている。
傲慢な女たちに、なぜか隷属している男が、ごまんといる。私の周りだけでも、五人くらいいる。生意気でフェミニズムを口にし、セックスは拒否し、男を顎で使っている女と付き合っている男が。
いいか。そんな女たちは、男が嫌いなんだ。そんな女が、
「太郎君のことが好き」
というのは大嘘だ。わからないのだろうか。
男はその女が好きだと思う。だから、女と付き合い、セックスをしたいと思っている。ところが、彼女たちは、男が嫌いなんだ。好きだと言っているのも、打算からくる嘘の言葉に過ぎない。
結婚したいから。
食べていきたいから。
欲しいものがあるから。
お洒落なデートがしたいから。
打算だ。何もかも打算で、愛なんかない。
特に、「結婚したい」と思っている女は多く、それを達成するためには、相手は誰でもいいのである。いい男を選ぶとか、男らしい男に惚れたいとか、そんな精神は一縷(いちる)も持ち合わせていない。
↑(引用ここまで)
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…『打算だ。何もかも打算で、愛なんかない』。
こう言い切られたら、誰もが思うことでしょう。
自分の彼女は違う、そうじゃない女性もたくさんいる、と。
確かにそうかもしれません。
しかし、総じて「この子は優しくていい女性だ」と思う人でも、普段の生活の中でふと、「結婚」願望だったり、「どこかに連れて行ってもらう」という言いまわしだったり、ひとつやふたつ、「エゴ」やら「打算」やらを、本人も気づかないうちに垣間見せるときある、というのが私の考えです。
つまり、里中氏が例に挙げる女性は極端としても、彼の指摘するような「エゴ」「打算」に普段からアンテナを張っていないと、おかしな「彼氏・夫だったらこれくらいしてくれるよね」を気づかないうちに容認していることがあったりして、お互いそれに気づかないまま、関係のバランスを徐々に崩していた、なんてことが多々ある、と思うのです。
私自身、普段からそうしてアンテナを張っていなかったがために、「まあいいか」「まあ、そういうものか」「そうしてあげてもいいかな」の積み重ねで、知らず知らずのうちに指摘すべきポイントや話し合うチャンスを見落とし、それが遠因で「別れ」につながっていた、ということが何度もありました。今、思い返せばですが。。
具体的に、「ここがチェックすべきポイントだった」と私が反省したことは、例えば…
彼氏・彼女を「寂しさを紛らわす」ための道具扱いしていないか。
「○○してあげたい」と思って一緒に過ごしているか。
「自分が安心したい、優しくされたい、話(愚痴)を聞いてもらいたい」と思って過ごしていないか。
相手を「結婚」願望達成のためのパーツ扱いしていないか。
それは、「結婚して、自分は相手にこれを与えてあげられる、与えたい」と考えての「結婚」か。
「結婚して、何か(親の安心、周囲の評価等)を得たい」と思っていないか。
…当然こういったチェックは自分自身にも突きつけられるわけですが、「相手に失礼はないか、押し付けはなかったか」と逐一セルフチェックする習慣が身についていることは、「相手をチェックする」うえでの大前提と考えます。
自分の行動すらチェック・修正できないようなガキに、相手(他人)のチェック・フォローまでできるわけがないからです。
そして今回のテーマは、「相手のエゴ・打算を見逃さず、もし見つけたらその場で指摘したり、話し合いなどのフォローをきっちり行うこと」の重要性についてです。
これは、恋愛や子どもの躾、職場の人間関係など、すべてのコミュニケーションに言えることだと思うのですが、相手のことが好きであればあるほど、相手との関係が大切であればあるほど、チェックの見逃しや見過ごし、指摘・フォローの先送りをしてしまいやすい、と思うのです。
「相手を好きなこと」と「その相手のセルフチェックが完璧なこと」は別問題であることを、明確に意識せずに過ごしているからです。
そして、自分も、相手も、「私はセルフチェックしてますよ」と伝えることはできても(これがかなり重要だと思うのですが)、いつも完璧にセルフチェックできるとは限らないのです。
だからこそ、きちんと(できる限りの)セルフチェック。
そして、(お互いに)相手のチェック&フォロー。
その両方に気を配れる「オトナ」でありたい、と思うとともに、そういう意識を持てる人と過ごしていきたい、そう思ってやみません。
…今回は、『打算』が目に余る女性もさることながら、その『打算』を見過ごしている人間は決して「いい人」「優しい人」ではないと言いたくて、こう書きました。