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↓『男の器量は女でわかる』(里中李生著、三笠書房、2008)より引用(08)
女とは、男のお金を使う生きものだ。
「女が強くなった」
「男女平等だ」
と世間は騒がしいが、とんでもない大嘘で、女は相変わらず男に経済面で依存している。
たとえば、お金のあるセレブな女でも、「食事の代金は男が払うもの」と思っているから、割り勘にはならない。ホテル代金も男が払うし、誕生日のプレゼントは、男のほうが高額。
別にそれが悪いとは言っていない。なんの問題もない。
「あたしは女として社会的に弱い立場。給料も少ない。だから助けて欲しい。その代わり、一生懸命、あなたに尽くします」
と言うなら、私はその女に贅沢をさせるだろう。だが当たり前だが、女たちはそれを口にしない。
高級ホテルに泊まり、高級料理を食べておきながら、こっちが病気をして倒れても、「あたし、仕事があるから看病に行けない」などと言う女が多く、何かを勘違いしているとしか思えないのである。もう少し、女に厳しくしてもいいのではないだろうか。
↑(引用ここまで)
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…『女は相変わらず男に経済面で依存している』。
そういう女性が多いのは事実だと、思います。
そして問題なのは、自分の能力と報酬(受けているサービス)のバランス感覚が狂っている女性が多い、ということだと思うのです。
何もしていないくせに、他人に何も与えられないくせに、サービスを受けられる現状をおかしいと思えない感覚。
「こんなにしてもらってていいんだろうか?」と感謝と奉仕の精神が、これっぽっちもない。
結局行き着くところは、男の「女と遊びたい」「セックスしたい」欲求をエサに、得られる報酬をつり上げ、「だって男がそうしたいって言うんだから、別にいいじゃない」とサービスの過剰摂取を当たり前と思うようになっているだけなのです。消費者根性ばかりが、いっちょまえに身に付いているのです。
…自分ばかりサービスを受けて、私は相手に何か与えているんだろうか?
…たまには私がおもしろい話をしたり、美味しい店を紹介したりして、相手を楽しませなくちゃ。
…自ら企画・立案を買って出て、多少自分のお金を浪費してでも、周りの人たちに喜んでもらいたい。
そんな発想をもつ女性、そんな風に行動出来る女性を見たことがありますか?
私は、ありません。
能力以上に、気遣い以上に周りにチヤホヤされるのは、やっぱりおかしいですよね。