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↓『男の器量は女でわかる』(里中李生著、三笠書房、2008)より引用(02)
昔は、仕事が出来て、女を養える力のある男だけが、ちゃんとした恋愛、結婚が出来たものだ。
ところが、今はどうだ。
学校を卒業して、フラフラしていても、彼女がいたり、まだ仕事を始めたばかりで、給料なんか二十万円以下。それなのに、結婚しようと彼女にプロポーズ出来て、しかもそれを女が喜んでくれる。そんな狂った時代だから、男は堕落したのだ。
セックスも同じだ。すぐにセックスをさせる女がごまんといて、男は性欲に苛立つこともない。「結婚を誓った男としかしない」という女は絶滅して、今やセックスは挨拶代わりのようなもの。セックスに困っている男がいるとすれば、よほど内向的で行動力がないのだろう。
格差社会を嘆いている暇があったら、もう、恋愛はやめて、仕事をしないか。
恋愛依存症の女たちと付き合っている暇があったら、仕事をしないか。
仕事をして、お金を稼ぐことがどんなに面白いか、今の若い男たちは知らないのだ。
金があったらなんでも出来る。無論、女も手に入る。男がしたいのは本当に「恋愛」なのか。違うだろう。本当はセックスがしたいのだ。だったら、財力を手に入れることだ。
あなたは平凡な生活がしたいだろうか。若い頃に恋愛に熱中して、結婚すると、人生の半分以上を一人の女に縛られてしまう。早くに子供ができたら、もう無茶をすることが出来なくなる。若い時の、まだ仕事が出来ないうちの結婚は、身を滅ぼす。いや、語弊があった。平凡な人生を歩みたいならそれでいい。
「俺、結婚を早まっちゃったかな」
と愚痴りながら、それでも、世間的には妻を愛している夫でいる生活を続ける人生だ。それが目標なら、本書を読まずに、プロ野球を毎日見ているといい。それもまた人生。最悪とは言わない。
↑(引用ここまで)
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…『学校を卒業して、フラフラしていても、彼女がいたり、まだ仕事を始めたばかりで、給料なんか二十万円以下。それなのに、結婚しようと彼女にプロポーズ出来て、しかもそれを女が喜んでくれる』。
若さゆえ、「愛があれば何でも乗り越えられる」ようなことを口にしてしまうことは、あると思います。
しかし、「かわいいものだな」と笑ってあげられることはあっても、「すばらしい!」と両手放しで我々大人を納得させられるレベルの台詞ではないと思うのです。
フェイシャル・エステで働く私の妹が、いつだったか、ブライダルで母親と一緒に来た女性の話をしていました。その女性は何かにつけて母親の意見を求めていて、話を聞いてみると、エステや着付けに関する費用も全部親が出しているというのです。
妹は、その客が帰った後、こう怒鳴ったそうです。
「経済的にも精神的にも自立してない奴・自立しようともしない奴が結婚なんてするな!」と。
確かにその通りです。
何かにつけて親を頼り、お金も自分から払おうとしない。一体何のために「結婚」という道を選んだのか、わかりませんよね。
「結婚」という儀式の入り口ですら、経済的に自立していない。精神的にも、自立していない。
「結婚したい」「一緒に暮らしたい」
言うのは簡単です。
しかし、親や親戚、周りの人間からも「信用」される行動をとっているのが「オトナ」だとすれば、「オトナ」になりきれない・なろうともしない「ガキ」にその台詞を言う権利などない、と思うのです。