------------
↓『30独身女、どうよ!?(岡田斗司夫著、現代書林、2001)』より引用(44)
すべての”30独身女”のみなさん。
あなたたちはオトナになってしまった女性です。
今までは男の人がオトナだった。
だからお嫁にさえ行けば、自分たちはオトナにならずにすみました。
オトナにならなくてもよかったから、あなたたちは男の目を気にして生きていればよかった。
「かわいい」「女らしい」と言われるように生きていれば、それで幸せが約束された。
作者の私もかつて、男と女はそういうものだと思っていました。
なにも女の子がオトナになんかならなくっても。
ずっと「かわいく」「女の子らしく」生きていてくれたら、私が守ってあげるから。
そう思い、行動するのが「オトナな男」の甲斐性だと信じて疑わなかったのです。
そう生きることが、女の幸せだと信じていたのです。
でも今、男はオトナではない。
オトナの男は、ほぼ絶滅してしまった。
だから、あなたたちはもう「お嫁さん」にはなれません。
そういう意味では、既婚の女性にも”30独身女”はいるのだと思います。
男がオトナでなくなったため、”30独身女”たちはオトナになりました。
大人にとって、恋愛も、仕事も、それがすべてではありえません。
もっと大事な「自分」があるのだから。
それがオトナだ、ということなのだから。
男の1人として、私はそんな現状を申しわけなく思います。
私たち男が不甲斐ないばかりに、女の子たちはオトナになるしかなかった。
もっと私たちが聡明で、勇気にあふれ、ちゃんとしてさえいれば、と思いました。
そうすれば、あなたたち女性はいつまでもお嫁さん候補生として「かわいく」「女らしく」いられたのでしょうか。
でも、正直な話、今のあなたたちの方がステキだと思います。
お嫁さん候補生たちはたしかにかわいらしく、私たち男を励まして自信を与えてくれました。
しかし”30独身女”たちは同じ人間として、共に悩みを共有でき、語り合える「仲間」です。
私たち男が、あなたたち女性を排斥し、今までどうしてもサークルに入れてあげなかった「仲間」なのです。
そんな「仲間」が、自分たちと性別の違う女性である、というのは、なんて素晴らしいことなんでしょうか。
この本の著者である私は、そんな”30独身女”が大好きです。
かっこいいし、尊敬できる、ちょっとまぶしい存在です。
ともに語り合える仲間であり、女性らしい美しさも兼ね備え、そしてなによりもオトナです。
だからこの本を『30独身女どうよ?』と名づけました。
その疑問符への答えはもちろん、「30独身女は正しい!」なのです。
↑(引用ここまで)
------------
…44回にわたって読ませていただいた『30独身女どうよ?』も、ようやく今回が最終回となりました。
ちょっと長い引用でしたが、これが岡田氏の出した結論です。
でも、私個人としては「オトナの女性」「仲間としての女性」という解釈に、若干違和感が残ります。
…だって、そんな女性が身の回りに全然いないから。
有能な女性編集者との付き合いや、何人ものバリバリのキャリアウーマンから聞き取り調査をした岡田氏には、そういう風に見えるのだと思いますが、私の周りで「仲間」として見れる女性なんて、子育てを終えたおもろいおばちゃんくらいです。さすがに、「語り合う」レベルで考えると皆無ですが…。
そんな中、私自身が「恋愛」や「結婚」、「育児」とどう対峙していくのか。
私も、もはやホルモン先行型の10代・20代ではありません。身の回りの異性をいちいち「恋愛(セックス)」の対象と見なくても、「私の話を楽しみにしてくれている女性」「一緒に食事を楽しんでくれる女性」など、異性との「ちょいセクシャルな関係」を分散化させれば、別に「恋人関係」「セックス」がそこになくても、十分満たされるのです。そういう微妙な異性関係もアリかな、と。(10代の私がこれを聞いたら、「強がりを言うな! 絶対セックスしたいに決まってるだろう」と言うでしょう! …でも、本当に「こいつとはムリにセックスする必要ないわ」と思えるようになってきているのです。)
「育児」欲求も、私と仲の良い妹が、子どもをしょっちゅう連れてきてくれるので、なんだか満たされてしまっている気もします。日々の労せずして、「育児」のオイシイところだけいただいてしまって満足している私は不純でしょうか? 怠慢でしょうか?
「所詮は他人の子どもだよ」「自分の子どもはもっとかわいいよ」と他人は言いますが、私は「頻繁に接する子どもがいれば、別に誰が育ててもかわいいもんは、かわいい」んじゃないかと考えています。だって自分が主夫をやらない限り、自分の子どもだって妻という「他人」が育てるんですから。。
…「恋愛」「セクシャルな関係」をひとりの女性だけに向けない私は不道徳でしょうか?
…「育児」をせずに、妹の子どもやらと新しくておもしろい関係を築こうとしている私は、「苦労を避けるダメ男」でしょうか?
先日私の父が「そういう生き方もアリだと思う。否定しない」と言っていました。また、「まあ『結婚』したらしたで人間としての幅は大きく広がるし、『育児』によって更に人間の幅が広がることは間違いないよ」とも言っていました。
自分のアタマで考えてる人だなあ、と感心しました。
ハナから「誰もがいつかは結婚すべき」と刷り込まれるままに、「あたしも結婚したい」「そろそろ結婚すれば?」「子どもはかわいいよ」とアホみたいに発言する人たちばかりの中、ひさしぶりに「自分の言葉で語れる」人を見た気がします。
「結婚」制度の破綻をこれだけ訴えている私が、「自ら苦労を買って出る『オトナ』になるのもアリかも?」と思ってしまったほどです。。w
…「恋愛」や「結婚」、「育児」に関して、「自分のアタマで考える」「自分の言葉で語れる」ように悪戦苦闘してきた44回も、これでひとまず終わりです。
あなたは、「自分のアタマで考え」てますか?
「自分の言葉で語れ」ますか?
求ム、「自分の言葉で語れる」女性(別に男でもいいけど)!