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↓『30独身女、どうよ!?』(岡田斗司夫著、現代書林、2001)より引用(36)
岡:僕の友達の男って、30歳前後の独身が多いんだけど、みんなクリスマスは何か怨念の毒電波を出している。それが過ぎて年が明けると「バレンタインが来るのがつらい」と言ってる。
う:えー、そんなあ。同年代の女たちはそこまで気にしてない気がする。「バレンタインデー、きゃー」とか言ってた年齢はもう過ぎたな、みたいな。
男の人は、それでももらうと嬉しいんですね。男の人はいい意味でも悪い意味でも子供心を忘れないんだなあ。「これは百貨店の扇動に過ぎない」とか思っても。
岡:百貨店の扇動に過ぎなくても、女の子は誰かにあげるわけでしょ。「百貨店の扇動でもいいから、オレにくれよ」という(笑)。
(中略)
岡:彼らは、そんなことしたらもっとモテないと思っている。モテるというのは、女の子と仲良くするんじゃなくて、自分の男性性を確認することだから。男性性を否定して、オカマになってモテても意味がない。「それは女友達がいっぱいできることでしょう」と。ま、言いたいことはわかるんだけどね。「オカマとかそうじゃなくて、オレさまの男らしさフェロモンに『アハ~ン』となれ」-「『第1回オレさまの○ンチン奪い合い合戦』、開始!ピー(笛)」って、女の子が「キャーッ」と走ってくるのを望んでる。
う:アホですね~。それはムリ!
岡:(力強く)うん!
う:(笑)。まあ、男性と女性の差だから仕方がないけど、女性が求めているものは、そういうことじゃないんだけどなあ…。
岡:でも30代以上の既婚女性に対する「なんで不倫や浮気をするのか」というアンケートがあるんだけどさ。理由ナンバー1は、「女として輝いていたい」なんだよね。つまり、恋愛の目的は、男女とも似たようなものなんだよ。自分の男性性とか女性性の確認のためでしかない。
↑(引用ここまで)
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…『自分の男性性とか女性性の確認のためでしかない』。
男性向けの雑誌でも、女性向けの雑誌でも、「モテ髪」「愛され服」と、とにかく「モテたい」「モテるには?」という願望を叶えようとする特集が目につきます。
「あれ? こんなにも『モテたい』『愛されたい』なんて口にしてよかったんだっけ?」「そんな3歳児みたいなこと堂々と言えちゃうのって、恥ずかしいことじゃなかったっけ?」と、まじまじその表紙を眺めてしまうくらい、世の中にそんな言葉が出回っている気がするのです。
モテたい?
そりゃ、私だってモテたいです。
…でも、「我慢すること」や「継続すること」、「奉仕の喜びを知っていること」、「経済的に自立していること」などの、「いっぱしの大人」と呼べる条件をクリアしていない異性に求愛されたところで、後々危険な存在になることはあっても、私に実生活上のメリットをもたらすことはない、と思うようになってきました。歳をとるにつれて。
むしろ、「モテたい」なんて雑誌の記事を目にするたびに、「人間として魅力的でありたい」なんて話のなさに寂しさすら覚えます。
…いつだったか、S君が当時付き合っていた彼女と別れたとき、S君のことを引きずっている彼女の姿をみて、私の妹が「前の男引きずってウダウダ言ってるヒマがあるなら、自分を磨きなさい」と言ったことを思い出します。
「モテたい」と言うのも大変結構ですが、何に言葉を多く費やすか。何に関心を持って行動するのか。そこが問題だと思うのです。