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↓『30独身女、どうよ!?』(岡田斗司夫著、現代書林、2001)より引用(16)
岡田氏:でもね、『フロン』でも書いたけど、今みんなが結婚したくない理由は明らかなんだ。結婚すれば損をするから。特に、女の人は損をする。男も女も損するんだけど、女の人の方が爆発的に損をして、おまけにこの損をするという問題に関して、すごく好きな彼氏はろくに考えてくれない。こういう問題が存在することすら認めてくれない。その話をすると不機嫌になって、別れがやってきてしまうからできない。だから、よけいにつらいわけ。
それなのに、なぜまだ多くの人が結婚するのか。それは、女性たちの自己犠牲の精神なんだな。それぐらい相手のことが好きだから。
だから結婚を決意できない女性はつい、「そこまでバカになれない、そこまで自己犠牲を払えないずるい私ってダメな女?」と考えてしまう。そういう自己評価みたいのがあると思う。
「結婚しようと思ったらできた。あの時に飛び込んでいけたら」、「あの時に彼についていけたら」というふうによく言う人がいるんだけど、それは何かというと、「バカになれたら」という意味なんだ(笑)。
なんで結婚するのが損かというと、実は今のこの社会は、あんまり結婚するのに向いていない究極の個人主義、自分の気持ち主義だからね。
うさぎ:男女関係の問題でも、結婚すると損だと思う。生活レベルも下がっちゃうし。
岡:そのとおり。でも10年後には自分の値打ちが目減りするから、そろそろ結婚という形で鞍替えした方が、長期的には得だと分かっている。売るなら今。でも、相手を決めきれない。
↑(引用ここまで)
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…『でも10年後には自分の値打ちが目減りするから、そろそろ結婚という形で鞍替えした方が、長期的には得だと分かっている』。
「結婚」とは、一体何のために、一体誰のためにするのでしょうか。
そもそも、『売るなら今』という女性に特有の「市場価値」みたいなものは、「嫁に行く」「嫁にもらわれる」という言葉に代表されるように、「結婚」=「男がセックス付きの家政婦を雇う」という図式に誰も疑問を持たなかった時代の名残りのようなものにすぎないと、私は思うのです。
その時代には、女性は「大人」になる必要が全くなく、むしろヘタに社会性なんか持たない方がいいとすらされ、かわいらしい「子ども」であることを要求されました。
社会のことや小難しい政治のことなんて、何も知らない、知る必要のない「嫁」。
家事と子育てと、たまに旦那のセックスの要求に答えてさえいればそれで十分な「嫁」。
精神的にも経済的にも自立し、立派にひとりで生きていける「大人」の女性なんて、「嫁」が欲しい男性からは敬遠こそされ、社会からも求められていませんでした。
それが戦後「男女平等」が推進され、欧米化されるにつれて、女性も男性同様、「大人」になってしまったのです。
…女性はもう、男性の「家政婦」にはなってくれないのです。
…「セックス」も、女性がしたくなったときだけ、すれば良くなってしまったのです。
…女性ひとりひとりに、「自分個人の人生を楽しむ」「仕事に打ち込む」という、戦前には男性だけに与えられていた特権が、与えられてしまったのです。
(便宜上、言い回しはご了承くださいm(_ _)m)
…じゃあ「結婚」って何? 何のためにするの?
当然の疑問です。
そして、答えは明白です。
もう、「結婚」というシステムによりメリット(実益)を与えられる人は、ほとんどいなくなってしまったのです。…プライドやら世間体やら親を安心させるやらの、超~個人的でちっぽけな理由を除いては。
それは、女性が「セックス付き家政婦となり、男性に食わせてもらう」必要がなくなってしまったから。
男性も、「自分が稼いでるんだから」を理由に、女性にセックスを強要したり、家事や育児を全部押し付けたりすることに違和感(罪悪感?)を感じるようになってしまったから。
…まだまだ前時代的な価値観の名残りを受け持つ「亭主関白」的な男性や、「献身・奉仕」的な女性も、全くいなくなってしまったとは言いませんが。。
少なくとも、「相手に『役割』を強要する」ことが大手を振って認められる社会ではなくなった、とは言えると思うのです。
…とはいえ、多くの女性が、未だに「相手に『嫁』という役割を強要する」ことに疑問すら持たない男性に、『自己犠牲の精神』をもって、「役割の強要を甘んじて受けてあげる」ことが、現代日本の「結婚」の姿だと思うのですが、みなさんいかがでしょう?