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↓『30独身女、どうよ!?』(岡田斗司夫著、現代書林、2001)より引用(04)
岡田氏:それともう1つ。子供ができてから思うようになったんだけど、5、6歳児の面倒が見られれば、基本的に25歳までの男女は手の上で転がせる。小学校へ上がる前の、理屈が通じないレベルの子供を、いろいろ動かすことができたら、その応用で25歳まではできるんだ。すごく簡単に。だから子供のいる男は信じちゃダメだよ。本当に。
うさぎ:簡単に機嫌をとられたり、ごまかされたり、だまされたりしちゃうってことですね?
岡:ぼくは育児体験あるから、特にそうかもしれないけど、法則として「子供とつきあうのがうまい男って、25歳ぐらいまでの人とつきあうのもうまい」というのはあると思う。人間ってほめれば動くし、けなせば萎縮する。「結局、ほめて動かすしかないんだ」っていうのを腹の底から知ってる。言い換えれば、その人間と真剣に向き合わないで、小手先で動かすということでもあるんだ。
う:それって、恋愛じゃないでしょ?
岡:恋愛が何かは、また難しい問題なんだけどね。ようするに、子供も若いのも同じようなものだよと思ってる。
それが、30歳ぐらいの女の子になってきたら通用しなくなってくる。だから、ああ30女難しいやって言って、みんな腰が引けちゃう。
う:ほめても通じなくなる?
岡:そう。うさきも言ってたよね。男を見る目が変わってくるって。そうなっちゃった人は、手玉にとれない。
う:あぁ、そうか。40歳の男性を「男っていくつになっても子供ね」って思ってるような女性は、確かに手玉にはとれないでしょうねえ。
↑(引用ここまで)
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…『5、6歳児の面倒が見られれば、基本的に25歳までの男女は手の上で転がせる』。
…『小学校へ上がる前の、理屈が通じないレベルの子供を、いろいろ動かすことができたら、その応用で25歳まではできるんだ』。
「教育」。
「こちらの意図した方向に、相手を仕向ける」。
それは、育児においても、恋愛においても、必要不可欠なテクニックです。
そいつの能力をちゃんと見極めずに、「自主性」なんてものを認めてあげてしまって、相手の一挙一動にこちらが右往左往してしまう…なんて事態を避けるためには、必要不可欠なテクニックです。
…私も25歳くらいまでは、子どもの一挙一動に、彼女の一挙一動に、右往左往していました。
中途半端に「人それぞれ考え方・人格がある」なんて思い込んじゃってたもんだから、私から見て失礼な言動と思っても、「自分の考えの押し付けかも」と思ったりして、言うべきところをみすみす逃しちゃったりすることも多く、どんどん相手のワガママを増長させて、こちらは後手、後手にまわり、相手の尻拭いをするばかりでした。
…私の20代後半は、「こちらの意図した方向に、相手を仕向ける」能力を身につけることに注がれたと思います。
普段から急なワガママの通用する(周りを納得させるだけの)行動をしていない奴に、一切ワガママを通用させない。
身の程をわからせる雰囲気作りを、日々意識的に取り入れる。
そいつの言動が失礼だとこちらが判断したら、即「その場で」クギをさす。「それをやったら不快に思う人がいるんだよ」とわからせることに心血を注ぐ。
ときには大声を上げるなどして、定期的にこちらの顔色を伺わせる習慣をつけさせる。
「自分は日々評価されている、見られている」と意識させる場面を多く用意する。
…それもこれも、しょうもない奴に失礼なことをされて不快にならないための、他人に自分の生活を振り回されないための、自分の人間関係くらい自分でコントロールできるようになるための、人間関係上の「政治力」を身につけるための習慣なのです。
この習慣が身につくにつれて、人間関係のいろいろなトラブルが、コントロールできるようになってきました。
今まで他人のせいだと思っていたことが、自分の「政治力」のなさによるものだった、と思えるようになってきました。
相手のことを、自分のこと以上に思いやれる。
相手の考え方もアリだと、認めることができる。
…そういった対等な人間関係における人格尊重とは全く別なものとして、こちらの意図した方向に相手を仕向ける「教育力」や「政治力」というテクニックが身についていないと、相手を尊重するどころではなくなってしまいます。
私のここ10年間に渡る苦しみと得たものを、別の角度からうまく表現してくれている、岡田氏の文章でした。