------------
↓『哲学』(島田紳助・松本人志著、幻冬舎、2003)より引用(09:紳助)



そういういろいろな問題を抱えながら、この国は駄目になっていくと思う。
第二次世界大戦、あの戦争に負けてからだ。
あの戦争で、アメリカはこの国を見事に骨抜きにした。それはもう見事としかいいようのないくらい。
憲法とかなんとか関係なく、見事に骨抜きにした。アメリカは日本をほんとうに戦えない国にした。これでは何があっても絶対に日本は戦えない。戦争が起こっても、自衛隊の二十三万人と、あと有志が五万人くらいしか集まらないと思う。
アジア諸国は、この国のことを脅威に思って、軍国主義が復活するんじゃないかってってるけど、そんな心配は絶対にない。
自由というものをはき違えて、日本人はアメリカ人から教わった。
自由ということを、我々は自分勝手と思ったのだ。


その昔、日本に自由はなかった。自由な思想や、自由に考えるということはなかった。だからこれからは自由だといわれたときに、何をやってもいいと勘違いした。
自由というのは心の問題であって、自分勝手に行動しなさいということではない。自分に責任を持たなければ、この社会で自由なんて享受できるわけがない。
それをはき違えてしまった。俺は自由だ。権利がある。他人にとやかくいわれることは何もないんだって。それぞれに責任を負った人間が、みんなで支えてこそはじめて自由な社会が保たれるというのに。
そうでなければ、自由なんてただの絵に描いた餅なのに。
責任を負えない者に享受できる自由なんてない、ということを誰も考えない。
子供に自由なんてないのだ、本来は。それを親までが勘違いして、子供を放ったらかしにして好き勝手にさせているだけなのに、「ウチは自由にさせてる」なんていってしまう。
政治家が本とか書いて、日本の教育を考えなおさなければいけないとか、そういうことをいろいろいっているけれど、そんなの無理だと思う。
半世紀かかって骨抜きにされてしまったものを、そんな教育とかで何とかできるわけがない。大人からして間違っているのだから。
大人が責任をとらない。官僚も政治家も、誰も自分のしたことに責任をとらない。そんな大人たちが、自分に責任を持てと子供にいったって、そんな話、聞くわけがない。
だから日本はどんどん駄目になっていく。
”自由の国”アメリカ、そして”自分勝手な国”日本になっていくんだろうと思う。


今のこういう日本には独裁者が必要なのだろうか。
僕が独裁者になったら、絶対にこの国を建て直す。
子供は携帯を持ったらいかんとか、迷惑メールを打った奴は死刑に処すとか。いきなり飛躍するけど、悪いことした官僚はもちろんみんな死刑。
それこそ織田信長みたいにやっていかないと、絶対この国は良くならない、と思う。



↑(引用ここまで)
------------



…『俺は自由だ。権利がある。他人にとやかくいわれることは何もないんだって』。


…『子供に自由なんてないのだ、本来は』。


…『”自由の国”アメリカ、そして”自分勝手な国”日本になっていくんだろうと思う』。


私も、そういう風潮が強くなってきていることは、ものすごく感じています。
どんな「権利」にも必ず、「義務」が付随している、ということ。
言論の自由と言うけれど、そいつのレベルに合った、言う「資格」があるかどうか、も重要だということ。
誰かに「権利」を与えるときは、相当慎重にならなければいけない、ということ。
そして、一度与えられてしまった「自由」を規制することは、相当難しい、ということ。


…”【哲学】046:『フロン』の意図について”で、私はこんな文章を書いています。↓



「自分の気持ち至上主義」についてはレビューの方でも何回かお話ししていますが、「人それぞれじゃん?」「恋愛も結婚も他人にとやかく言われる筋合いなくない?」という傾向は、今の時代ますます強くなってきていると思います。
そうなんです。
「他人がとやかく言う筋合いなんて、今の時代、もうどこにもない」のです。

ちょっと前の日本なら、「恋愛ってこういうもんだ」とか「結婚ってこういうもんだ」とか社会的に一定の価値観がなんとなく存在したのですが、それがかなり薄れてきた現代においては、「他人にとやかく言われる筋合いなんかない!」と言われてしまったら、他人は本当に何も言えなくなってしまうのです。

そう、今の時代は『教育を拒否できる』時代になってしまっているのです。

どう見ても子どもじみた考えの奴に「それは間違っている」と言っても、「大きなお世話だ」と言われたら、それ以上何を言っても無駄なのです。
…これってメチャクチャ恐ろしいことだと思いませんか??
だって、『教育を拒否できる』んですよ?
「自分は成長なんてしなくていい!」って堂々と言えちゃう世の中なんですよ?

…私は、そんな傾向に危機感を感じて、「自分を客観的に見ろ」だとか、「結婚や育児も簡単なことじゃない」だとか、いろいろ言っているのです。
恋人や結婚生活の愚痴ばかり言う人って、たくさんいます。
聞かされる方の身になってしゃべれない人って、相~当~たくさんいます。
そんなとき、私は言いたくなるのです。
「愚痴り方すら気遣えない奴が、自分本位でしかものをしゃべれないような向上心もない奴が、何をぬかしとんねん!」と。
安易に他人や環境のせいにするのではなく、自分の人間性の低さとスキルのなさをまず疑えよ、と。
少なくとも、そいつのしゃべり方ひとつで、「まともに生きたい」と思っている奴かどうか、結局は自分のことしか見えてない奴なのか、わかります。



…『教育を拒否できる』時代。
自由をはき違える奴と、そいつらを見て世を憂うばかりの奴。
この構図を脱却する術は、あるのでしょうか?



人気ブログランキングへ