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↓『フロン』(岡田斗司夫著、海拓舎、2001)より引用(26)
この本を書く前の私は、自分自身を「かなり良いパパ」と考えていました。
私のまわりには、忙しい編集者がごろごろいます。それに比べれば、会社に泊まらず毎日家に帰るというだけで合格点という気がしていました。
そのうえ私は、週のうち4日~5日は家族と一緒に夕食をとっていました。娘とお風呂にも入るし、頼まれれば食事の用意も積極的に手伝いました。授業参観にもマメに行くし、運動会では写真を撮りまくりました。
とにかく、できるだけ家族といる時間を多くとって、パパらしいことをするのが「良いパパ」の定義でした。
妻も娘も、「よそのパパに比べればうちのは良いパパ」と思ってくれているようでした。
が、この本を書き進めるに連れて、この自信は揺らぎだしました。本当に、それだけが「良いパパ」の条件なんだろうか?
この本を書くにあたって気をつけたことは、机上の空論にならないこと。まず現在の日本の実情をかなり正確に把握するため、実例を多数収集しました。
そこから「いまの日本の家庭はどうなっているか」を判断し、なぜそうなっているのか、理由を考えました。
この現状と理由を合わせて考えると、「次はこうなるだろう」ということが見えてきます。
「次」をはっきりさせて、私たち個人個人がどうしていったら幸せになれるかを書こうと思ったわけです。
この理屈の組み立てのなかには、「私自身」の思惑や損得は少しも入っていません。
「私が家族に対してどういう存在でありたいか」「妻や娘がどうしてくれたほうが都合がいいか」は、関係ない問題でした。
けれど、関係ないですましていい問題ではないはずです。私は「天下国家を語りたい」のではなく、実際の家庭の問題を、少しでも現実的に解決したいのですから。
本を書き進むほど、まったく問題がないと思っていた私の家庭も、問題だらけだと気づきました。
ですから、最終章近くになって「家庭から夫をリストラしよう」という結論が、論理的に導き出されたときは、自分自身にとってもショックでした。
ちょうど妻相手に、この部分の理論を説明しながら構築していた最中だったのですが、たっぷり3時間はショックで口がきけなくなってしまうほどでした。
ついこの間まで「良いパパ」などと自信満々だったのが、いきなり「不要品」のレッテルを貼られたようなものです。
おまけに、私はもう、家庭にはいられないのです。
「家庭とは、育児をするための期間限定の『職場』である」
この事実に気づいてしまった以上、もういままでどおり能天気に安らぎを求めるわけにはいきません。
しかし理屈ではわかっていても、「安らぎの場である家庭」を失ったショックは大きいものがありました。「家庭から頼られる良いパパ」の像が崩れるのは、哀しすぎました。
自分ではそんなつもりはなかったのですが、「自分はちゃんと家庭を持っている」「しっかり、良い父親役を果たしている」ということが、いつの間にか、自分のなかの自信の大きな部分を占めていたことを思い知らされました。
その自信がなくなった途端、ガラガラとアイデンティティが崩壊し、自分が何の価値もない人間に思えてきます。
けれども父親として何をしてきたのかと言われると、大したことは何もしていません。勝手に「良い父親」などといい気になっていただけで、それは「世間の父親に比べたらオレのほうがマシ」という理由だけだったのです。
そんな「良いパパ」のイメージで安心していたのかと思うと、自分でも情けなくなってしまいました。
母親にとって家庭は職場です。その職場を、父親の私は勝手に「安らぎの場」などと決め込んで、まったく職場とは見ていませんでした。
「今日は仕事で疲れてるから、自分の部屋でのんびりする」「今日は元気があるから、娘と遊んでやろう」と自分の都合で、したいことだけをする。まるでディズニーランドのお客さん気分です。
とくに、我が家は共稼ぎ、妻も働いています。この妻に「母親にとって家庭は職場だ。私は家庭に帰っても、ちっともほっとしない。帰り道で、すでに家事の段取りを考えている。家庭に帰るというのは、ひとつの職場からもうひとつの職場へと移動するという意味だ」と教えられました。そのときは「なるほど」と納得はしましたが、心から認識してはいなかったのです。
↑(引用ここまで)
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…理論と実践。
「こうすべきだ」と言うことと、実際に自分の行動を見つめなおすこと。
このあとがきに続いて、岡田氏はことごとく自分の理論どおりに生活を一変していきます。
自らを実際に家庭からリストラし、まず生活環境を変え、「家庭は育児をする職場」と意識も変えていきます。
「本当にそこまでする必要あるの?」と言いたくなってしまうくらいに、です。
しかし、岡田氏がこの本で素直に考えて、考え抜いて出した答えが、育児と恋愛の分割なのです。
「本当にそこまでする必要あるの?」と思ってしまう私も、少なからず「結婚生活とはこういうものだ」という固定観念をいまだ拭いきれていない、ということなのでしょう。
我々は、一緒に暮らしている相手に甘えることなく育児や仕事に徹していられるほど強くはないし、曖昧な役割分担のまま育児と恋愛を両立できるほど器用でもないはずです。
…相手に甘えるときと、そうでないときを生活環境から変えて、その意識を保つよう努めること。
…役割分担をはっきりさせ、育児するときと、恋愛するときを分割すること。
「自分が、何をしたいのか」を重視する「自分の気持ち至上主義」にパラダイムシフトしてしまった現在、産業主義社会で作り上げられた結婚観や古いモラルは年々衰退していってるとは思いますが、まだまだ根強い部分でもあります。
…次回、岡田氏の実践を引き続き紹介します。お楽しみに!