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↓『フロン』(岡田斗司夫著、海拓舎、2001)より引用(19)



「いまでさえ父親不在が叫ばれているのに、家庭から父親をリストラしろですって? この著者は頭がおかしいんじゃないのかしら」
マジメで頭がいい女性であればあるほど、そう考えるかもしれません。
こういう聡明で冷静な人たちに、とくに落ち着いて考えてほしいのです。


家庭に父親が不在というのは、ほとんど全時代、全日本的な現象です。決してダメな父親だけが家庭から逃げてしまっていて、いい父親は家庭を大切にしているといった個人の能力差や、頑張りで解決できる問題ではありません。

この不況の社会の中で、自分の生きがいを見つけてひとりの人間として一生懸命働きながら幸福を追求すると、いつのまにか家庭がないがしろになってしまうようにできているのです。


(中略)


夫のリストラといっても、べつに離婚しろ、と言っているわけではありません。
両親をリストラして都会に出てきたときも、べつに勘当されたわけでも、縁を切ったわけでもありませんでした。
同様に、夫をリストラするといっても、そんなに大事にとらえる必要はありません。
夫と物理的、精神的に距離を置くことが大切なのです。


夫からすれば、家庭から解放されて自由になる、妻からすれば夫のよけいな介入を防ぐ。
そういう意味では、具体的に夫がどう独立するかは、夫が決めればいいことでしょう。それこそ、スープの冷めない距離でもいいし、夫の会社のすぐ近所のアパートを借りて週末だけ自宅に帰ってもらう、でもいいのです。

これまでは「夫は家に帰りたくない」「妻も、無理して帰ってこられても、寝ているだけでは、嬉しくもない」という状況でした。だから「家しか帰るところがない、寝るところがない」と仕方なく帰っていたわけです。これでは、かえって不幸になるばかりですね。


もちろん、別に暮らすとなれば、お金も余分にかかります。
が、私が考えるには、子育てと称していつまでも有害無益な投資を子どもに続け、結果として子どもが一人前になるのを邪魔することに、みんなはお金をかけすぎています。それより、夫の独立にお金を使ったほうが、よほど互いに幸せになれると思うのです。


経済的になんとかなるのなら、家庭のためにもあなたのためにも、一刻も早く父親はリストラすべきです。子どものために、などと考えて我慢してはいけません。我慢しても、子どものためになることはひとつもないのですから。



夫をリストラすると、あなたは確実に精神的に自立できるようになります。あなたが自立し、家庭内のリーダーとして、明確な方針で子育てをすることが一番大切です。
夫婦仲のいい場合は、リストラは案外簡単でしょう。
やさしく「無理して帰ってくるより、会社の近所で泊まったほうが楽でしょう?」
と言ってあげれば、夫もほっとするでしょう。ときどき掃除にでも行ってあげれば、恋人気分が戻るかも知れません。

夫だって、身の回りのことを自分でするようになれば、あなたのありがたさが身にしみることと思います。

けれども、夫婦仲が悪い場合はちょっと違うかもしれません。
うちはリストラなどしたら、家にお金を入れてくれなくなるのではないか、と不安になっている方もいるでしょう。そんなことをした途端に、他の女を部屋に引っぱり込むのではないか、と心配される方もいらっしゃるかもしれません。


でも、冷静に考えてみてください。
夫をリストラすれば、あなたの夫に対する不満は確実に減るはずです。家に帰ってこない、とか、帰れないのに電話もしない、話しかけても生返事というストレスもなくなります。たまにしか会わなければ、あなたはもっと夫に優しくできるのではないですか?
そうすれば、いまよりもずっと夫婦仲はよくなるのではないでしょうか。

夫の側も気が楽になっているはずです。
家にお金を入れるだけでいいのです。あとは、妻のグチをきかなくていいし、子どもの心配もしなくていいのです。
夫としての唯一の責任が、経済的援助だと認識してくれれば、普通の男ならお金をちゃんと入れてくれます。少なくとも同居している現在、家にお金を入れてくれている夫なら、別居してもお金を入れてくれることでしょう。


別居したとたんに、他の女を部屋に引き込むような夫なら、どうせすでに何人もの浮気相手がいることでしょう。そういう女の部屋を泊まり歩いているかも知れません。

しかしそんなことをいちいち監視しても、なにもいいことはありません。やりたいならやらせておけばいいのです。

「自分の子どもと、自分の子どもを育ててくれている女性に対して、きちんと経済的に責任を果たしてほしい」という要求をしたほうが、よほど効率的で素直です。
ひとり暮らしをはじめたから、夫が浮気するわけではありません。浮気するような夫は、何をやっても止められないのです。



↑(引用ここまで)
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…『この不況の社会の中で、自分の生きがいを見つけてひとりの人間として一生懸命働きながら幸福を追求すると、いつのまにか家庭がないがしろになってしまうようにできているのです』。


…『子育てと称していつまでも有害無益な投資を子どもに続け、結果として子どもが一人前になるのを邪魔することに、みんなはお金をかけすぎています。それより、夫の独立にお金を使ったほうが、よほど互いに幸せになれると思うのです』。


…『ひとり暮らしをはじめたから、夫が浮気するわけではありません。浮気するような夫は、何をやっても止められないのです』。


「育児」は、我々の人生に間違いなく大きな負荷をかける行為です。
私はまだ育児をしたことはないですが、その状況を想像することぐらいは、できます。
負荷が大きいぶん、喜びが大きいとも、聞きます。

ですが、冷静に考えてみれば、その「負荷」がちょっと大きすぎやしませんか?
先日数時間お茶を飲みながら友人のT君と恋愛や育児の話をする機会があったのですが、そのとき彼が言いました。
「ふたりの関係を悪くするようなら、子どもなんていらない」と。
そして、当時数年間付き合っていた彼女とも、付き合った当初からそういう話をしてきていると言うのです。
まだ若いのに、そこまで自身の恋愛や育児を客観視できるなんて、感心するばかりです。。


これは、優先順位の問題だと思うのです。
ふたりで、何を優先順位1位とするのか。
多少ふたりの仲が悪くなっても、「子ども」をふたりの優先順位1位とするのか、どうか。


なんだか世の中には、「数年付き合って、いい歳になったら結婚して、子どもを産んで、育てる」みたいな暗黙の流れがあるようですが、いったんそれを度外視してみて、「本当に私たちふたりは、育児がしたいんだろうか? 育児によってふたりの仲が悪くなったりしないだろうか? 育児の苦労に毎日耐えながら、ふたりの関係が悪くならないほど、私たちは人間ができているだろうか?」と、自分たちの能力と優先順位のつけ方を見つめ直す必要があるのではないでしょうか?

そして、私やT君は「子ども」よりも、「ふたりの良い関係が続くこと」を優先していきたいと考えているのです。

世の中の「そういうもんだ」という流れや、安易な結婚願望に流されることなく、「本当にふたりでしたいこと」「この人としかできないこと」をふたりで決めていこう、と。

「いいパパになりたい」「いい家庭がつくりたい」なんていうホンワカしたひとりよがりのイメージに、大切な人をただ当てはめるなんて、失礼なことだと思いませんか?


まず、目の前のその相手と何がしたいのか、どんな関係でいたいのか、話し合っていくことが重要だと思うのです。極端な言い方をすれば、育児なんて、リスクを承知の上で、したい人たちだけがすればいいのです。私たちだって、金銭的にも人間的にも余裕ができて、育児をしたくなったら、すればいいのです。

逆に、こういう話し合いすらできそうにない関係というのなら、お互いに自立心が足りない、と言わざるを得ません。恋愛や育児に対する能力が備わってないのです。



T君とは、育児だけでなく、「デート」についても同意見でした。
家でふたりで特に何もせずダラダラ過ごすのだって、「デート」だと思うのです。
ふたりでくそまじめな話を呑みながら数時間するのだって、「デート」だと思うのです。

雑誌で紹介されているような、おしゃれな店やスポットに男女で出かけて行くことこそが「デート」だっていう流れは、往々にしてあります。


そういう流れやイメージありきで、そこに大切なひとを当てはめるのって、やっぱり失礼だと思いませんか?

目の前にいるこの人と、したいこと。行きたいところ。
「旅は、どこへ行くかではなくて、誰と行くか」。
「デート」も、「育児」も、これと同じだと思うのです。


こう考えていくと、岡田氏の主張も、「育児」と「ふたりで本当にしたいこと」のバランスをうまくとるための折衷案だと理解できてきますよね。


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