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↓『フロン』(岡田斗司夫著、海拓舎、2001)より引用(17)
忙しい職場では社内恋愛が迷惑なように、育児の戦場で恋愛は邪魔者です。
家庭が戦場に変わると、彼はあっという間に家に帰ってこなくなります。
子どもが生まれてすぐの育児、1歳半までの1年半は、はっきり言ってどんな仕事よりもハードです。事務職OLだろうと外回り営業だろうと、比較にならないほど長時間のきつい肉体労働と精神的ストレスを強いられます。
専業主婦が暇なのは、子どもが小学校にあがってからの話なのです。
この時期、あなたは仕事を手伝ってくれる人を心の底から欲していることでしょう。そのとき、ついつい夫をあてにしてしまうと思います。
が、どんなにあなたが大変なときも、夫が早めに帰ってきて手伝ってくれるなどと期待すると、たいていは辛い思いをします。仮に早く帰ってきたとしても、思うように役立ってくれることは難しいでしょう。
というのも、本人には「育児という戦場に働きに来た」という意識がまるっきりないからです。
男性にとっては家庭とは安らぎの場です。家に帰ってまで何かしよう、などという気持ちが基本的にありません。
たとえ夫があなたをとても愛していても、それはあなたと恋愛したいという意味であって、一緒に育児したい、家庭で苦労したいという意味ではないのです。
家に帰ってまで働きたいと考えている男性はいません。働かなければならない、と考えている男性すら、ほとんどいません。
子どものオムツをかえるのも、お風呂に入れるのも、子どもが汚した部屋を片付けるのも、あなたにとっては、誰かがやらなければならない仕事です。が、男性は「オレの安らぎの場であるはずの家庭が汚れている」と発想します。
自分の担当作業である、という発想なんてハナからないのです。
本来、家に帰れば、部屋が片付いていて当然、お風呂がわいていて当然なのです。そうでなければ、不快な状況になります。心やさしい夫があなたの窮地をみかねて育児を手伝ったとしても、それは仕事ではなくて愛情ゆえの特別サービスです。毎日期待できる「仕事」ではない。毎回、そんなことまでやってくれた彼に最大限の感謝を込めなければいけない、「愛の特別サービス」なのです。
はっきり言って、戦力として期待できる確実性はありません。
だって考えてもみてください。彼にとって家庭とはあくまで「安らぎの場」なのです。会社でクタクタになるまで働いたあと、何を好んでそんな戦場に帰る物好きがいるものですか。
あなたはたったひとりで、自分と自分の家庭を立て直さなければならないのです。
↑(引用ここまで)
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…あてにしないこと。期待しないこと。
自分の日々の生活や精神的・肉体的安定は、自分でやりくりする。誰にも依存はしない。
端的に言えば、「自立しているかどうか」ということ。
ですが、この「あてにしない」「期待しない」という人間関係の基本を、「好きだから」「付き合っているから」「結婚しているから」という理由で忘れていってしまうことが、ものすごく多いような気がします。
「付き合ってるんだから(結婚しているんだから)、他の何よりも自分を優先して考えてくれるはず」
「付き合ってるんだから(結婚しているんだから)、困っているときには助けてくれるはず」
…こういった「甘え」や安易な期待が、自分本位の思考回路を生み出し、本来誰よりも大切にしたいはずの人に迷惑をかけ、援助をさせ、好意に甘んじ、自分の価値を下げていくのです。
島田紳助氏は、「私は娘たちを愛しているから、期待しない。してはいけない。」と言い切っていました。
子どもに「勉強しろ」と言うことも、「将来こうなって欲しい」と言うことも、絶対にしなかったそうです。
期待されるから、だんだん重荷になる。期待する方の神経を疑うようにもなる。そうして、人間関係がだんだんおかしくなってくる。
相手を、自分の所有物と勘違いしないよう、「人間」一個人として扱い、自分の子どもとはいえ、人間同士として失礼のないように接する。
…「愛しているから、期待しない」。
この言葉は、大切な人間関係を崩さないための距離感を、私たちに教えてくれている気がします。