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↓『フロン』(岡田斗司夫著、海拓舎、2001)より引用(14)
ここまで説明したところで、こういう結婚、育児問題を考えるうえで皆さんに読んでいただきたい本があるので、ご紹介します。
まず精神科医の斎藤学さんが書いた『「家族」はこわい』(日本経済新聞社)。このなかでは専業主婦も、
「『男は仕事、女は家事』というのは、たいへんに贅沢な社会システム。維持できなくて当たり前」
と一刀両断です。
91ページ(【哲学】042)で紹介した森永卓郎さんの『<非婚>のすすめ』(講談社)は、恋愛の問題だけでなく、離婚や育児の問題を考えるうえでも刺激的な内容です。
直接読むのが一番なのですが、ここでは簡単にその内容を私なりの表現で紹介してみましょう。
「戦後の日本の家族観、すなわち愛するものが結婚し、ふたりが住んで子どもを作る、というスタイルは企業や政府のマインドコントロールで決定した」
「戦後の結婚制度は、離婚しにくい制度でもあった」
「19世紀末の離婚率の高さ(40%近い)を見ればわかるとおり、終身結婚制は今世紀の産物である」
「オンリーユー・フォーエバー症候群は、結婚や恋愛の規制緩和を妨げる最大の原因である。これが、終身結婚制という結婚の配給制度を思想面で支えている」
「米の配給は『全員に同じ品質の米』が可能だけど、結婚の配給は品質にばらつきがありすぎる。そこで相互に比較検討させないための手段として『空間&時間的忠誠心を持たせる』すなわち『同時にふたりとの付き合いを禁じる』『一度結婚したら生涯、連れ添う』というシステムを導入した」
「『生涯、ひとりと結婚する』ためには『比較させないこと』が何より大事である。そのためにはオンリーユー(あなたしかいない)とフォーエバー(ずっと別れない)という信仰が必要。最近はフォーエバーが崩れているが、まだまだオンリーユーは根強い」
「終身雇用制度も『他の企業と比較させない』というオンリーユー・フォーエバーな感化で、いままで維持されてきた」
「『ロマンチック・ラブ・イデオロギー』とは恋愛と結婚とセックスの三位一体主義。抱き合わせ販売で単品のみは認められない。恋愛しなければセックスしてはいけないし、セックスするような恋愛なら結婚を考えてもおかしくない、という思想。つまり結婚するともれなく恋愛とセックスがついてくるのだ」
いかがですか?
森永さんはこの本や前著『紳士と悪女の経済学』(講談社)で、「生涯恋愛社会」というモデルを提示しています。
現代の個人が家族やしがらみから解放されて、一生恋愛をし続けることのできる社会。それが日本人にゆとりある暮らしと経済活性化を保障する。その実現のためにはまず、高度経済成長時代の家族モデルと、その思想的根拠であったオンリーユー・フォーエバー幻想を捨てろ、と主張しています。
また、同じ本のなかで森永さんは、仕事と家庭と恋愛の三権分立を進めるべき、とも主張しています。
仕事と家庭と恋愛の三権分立とは、
(1)仕事に、家庭と恋愛を持ち込まない
(2)恋愛に、家庭と仕事を持ち込まない
(3)家庭に、仕事と恋愛を持ち込まない
ということ。この3つが守れれば、皆が一生いきいきと暮らせる「生涯恋愛社会」が到来するだろう、と森永さんは言っているのです。
この三権分立論は非常におもしろいと思うのですが、女性からのすさまじい拒否反応が起きています。オンリーユー・フォーエバー主義者から見れば、信じられない背徳行為だからでしょう。
社会学者の上野千鶴子さんは朝日新聞紙上で「不倫の正当化につながる。女も男を『父親役』『仕事のパートナー』『セックス用』と用途別に使い分けをするぞ」と反論しています。
僕は、負け惜しみでも言い返しでもなく、もちろん女性はこの3つを意識して使い分けるべきだと思います。
3種類の愛は単品販売も可能です。それぞれごとにベストパートナーは違って当然です。それが「市場経済化された愛の姿」、本当の自由恋愛なのではないでしょうか。
↑(引用ここまで)
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…『戦後の日本の家族観、すなわち愛するものが結婚し、ふたりが住んで子どもを作る、というスタイルは企業や政府のマインドコントロールで決定した』。
…『米の配給は「全員に同じ品質の米」が可能だけど、結婚の配給は品質にばらつきがありすぎる。そこで相互に比較検討させないための手段として「空間&時間的忠誠心を持たせる」すなわち「同時にふたりとの付き合いを禁じる」「一度結婚したら生涯、連れ添う」というシステムを導入した』。
ここで注目すべきは、今の日本における恋愛観や結婚観が、あくまでどこかの誰かによって作り上げられたものでしかない、という事実です。
けっして絶対的なものなんかではないのです。
そして、「恋愛ってこういうものでしょ」とか「結婚ってこういうものでしょ」とかいう見方から入っているために、「目の前にいるその人と、何がしたいのか」が置き去りにされてしまっていることが、とっても多い気がするのです。
べつに私は「同時にふたりと付き合ったっていい!」とか「一度結婚したら生涯、連れ添わなくたっていい!」とか言いたいのではありません。
本当に心から「同時にふたりとだなんて、自分にはムリだなあ。そんな時間的余裕もなければ、経済的余裕もない。そんなに器用に立ち回れるタイプでもないし」と思うことと、ハナから「同時にふたりと付き合うなんて、あってはならないことだ」と思いこむことは、違うことだと言いたいのです。
結婚に関しても一緒です。
つまり、「自分が好んでしないこと」と「ハナから禁止されてること」は、大きく違うということが言いたいのです。
同じ行動をとるにしろ、一回自分の頭で考えろ、と。
今回岡田氏が紹介している、森永さんの文章を読むと、「この人何言ってるの!? みんなに不倫しろとでも言いたいの!?」と思う方も多いと思います。
そうではありません。
「恋愛と結婚とセックスの三位一体主義は、あくまで誰かに作られたものであって、本当に自分がどうしたいのかを、一度見つめなおしてみましょう」と言っているんだと、私は思うのです。
向き、不向きは人によって違うはずです。
ひとりと付き合ったら、他の異性を何とも思わなくなっちゃう人も、いるでしょう。
ひとりと付き合ってても、あちこち目移りしちゃう人もいるでしょう。
複数と付き合ってうまく立ち回り、自分の中で整合性も保ててる人も、いると思います。
複数と付き合ってても気持ちと能力が追いつかず、自分の中で整合性が保てない人も、いると思います。
良いとか悪いとかでなく、単純に向き・不向きの問題だと考えて欲しいのです。
まわりが何と言おうと、ダメなことなんて、本当はないのです。
問題は、自分の心が求めてることと整合性が保てているか、どうか。
それだけだと思うのです。
森永氏の言う「仕事と家庭と恋愛の三権分立」だって、それがしっくりくる人と、そうでない人と、いると思うのです。
家庭で育児をしながら、旦那とも良い恋愛関係を続けられる人もいるでしょうし、家庭に恋愛を持ち込んだら夫婦関係がうまくいかない人だっているでしょう。
要は、自分の中の整合性と、向き・不向きに合った行動ができているか、どうか。
…自分がなぜ、その行動に至ったのか。
…自分がなぜ、その考え方に至ったのか。
よくよく考えてみると、けっこう根拠のない、誰かからの刷り込みだったりするのです。
「考えなおしてみたけど、自分がしたいから、してたみたい。べつに不整合感はなかったよ」でもいいと思うのです。
今回の森永氏のような文章を字ヅラだけ読んで拒絶反応を起こしてしまうのだけは、やめて欲しいなあ、と心底思います。