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↓『マムシのan・an』(リリー・フランキー著、マガジンハウス、2003)より引用(10)


以前、裏切りを犯した女がこう言った。「淋しかったから、淋しくさせるから。淋しいから他の人を好きになるのよ」。彼女は、淋しさが恋愛感情を起こすのだと言う。
気持ちはわからないでもない。だけど、誰かに寄りかかりたい気持ちと、人を愛する気持ちは同じじゃない。そんな女は死ぬまで、恋愛感情と淋しさを埋める行為の区別もつかないまま同じことを繰り返してゆくだろう。
淋しくなるのは人のせいじゃない。キッカケがそうであっても結局は自分のせいなのだ。人に依存して、自分の足で立てないから、淋しさを一人で克服できないのだ。
(中略)
淋しさに勝てる女は美しい。ひとりの時間を豊かに過ごせる人。そんな人がいるならば、ボクは憧れてしまう。


↑(引用ここまで)
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…同感です。『誰かに寄りかかりたい気持ち』と、『人を愛する気持ち』を区別できていない奴は、ごまんといると思います。


いつもいつも、「淋しさを紛らわせるための道具」として利用されてきた気がします。


いつもいつも、長々と愚痴を聞かされるときも、夜中に電話してくるときも、「その言動は、相手に何かを与えたくてやってるの? 自分のためなんちゃうの? こんなふうに思ってしまう自分の方が愛情が足りないの?」と思ってた気がします。


…私も、結構いい歳になってから、やっと気付きました。


人に依存して、自分の足で立てないような女性と付き合ってはいけないのだと。


いつまでも、『誰かに寄りかかりたい気持ち』と『人を愛する気持ち』の区別もつかないような奴らと一緒にごちゃごちゃやっているようでは、ダメですよ!


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