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↓『マムシのan・an』(リリー・フランキー著、マガジンハウス、2003)より引用


つまり、話の内容ではなく、女性の知性と品格は”言葉使い”に表れるということです。
日本人のコミュニケーションは敬語、謙譲語に始まるのもです。例えば、高倉健は共演者の5歳くらいの子供に会った時も「はじめまして。高倉と申します」と言ってそうな気がする。
そんなイメージが健さんを<ちゃんとした人>という認識にするのである。
そう。まず、ちゃんとした人と思われるべきです。
そのための言葉使いというものがあります。そして、出会いは敬語からという方が、その後の展開に甘酸っぱさというモノも生まれやすい。
ちょっとずつ仲良くなって、敬語とタメ口の境界線に近づく。この言葉の境目の部分が一番口の中から酸っぱいのが出てくる瞬間です。
「来週とか、もし、お時間があったら、会えない、あっ、ですか……」
このキワキワのトークを演出する為にも出会いはキチンとした言葉使いをした方がトクです。

そして、「バカ」を隠すのも口調と言葉使いです。寿司屋の湯呑みを見て、言葉使いのいい子がポツリと尋ねる。
「これ、なんと読むんでしたっけ?」
「ああ。サバじゃない?」
ちゃんとした言葉なら、ああたまたま彼女は鯖だけ読めなかったんだなと思う。もしくは、知識はないけど、正直な人だという解釈も生まれる。
ところが、言葉使いのダメな子が同じことを尋ねるとこうだ。
「これってさぁ、なんて読むカンジの人?」
「サバも読めねぇのか、バカ!!」
もう、この女に寿司を喰わしてる自分さえ憎いと思うような瞬間。悲しさを通り越して、怒りと性欲のみが膨張します。(?)
しかし、あまりにも長い敬語は相手との関係に距離を作ってしまうもの。今までにボクもそれで、たいそう切ない想いをしました。


↑(引用ここまで)
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…先生!!世のバカどもにも言ってやってください!(笑)


特に、後半の「サバも読めねぇのか、バカ!!」のくだりは、笑えるし、真実を語っていると思います。


ちょっと話せば、そいつがタメ口しかきけない奴なのか、敬語ばっかりの形式野郎なのか、敬語は使えるけどもあえて柔軟にくだけてしゃべれる奴なのか、わかるもんです。


たとえ「わざとバカっぽく」見せているのだとしても、行動や気遣いでしっかりできるところを見せたりして、バランスをとるくらいのテクニックは身につけて然るべきだと思うのです。


ちなみにわたくし個人としては、敬語ばっかりの形式野郎のつまらなさ・ギャップのなさにうんざりしてるほうですので、「わざとバカっぽく」してます。


親近感を持ってもらうようにつとめてます。


ただし、それは行動や気遣いで「一目置かせる」自信があるからで、「中身も見たまんまのバカ」ではどうしようもないのです。


おバカなキャラで、中身もおバカだったら、それはギャップを作る作業を怠っている。私に言わせれば、マナー違反です。


人間の幅が狭いのです。「ギャップ」や「意外性」が人間関係の大切な潤滑油であることを軽視している。


アホっぽい子が、やけに漢字に詳しかった。字がうまかった。


しっかり敬語を使う子が、ものすごい下ネタを言う。


どちらも絶対おもしろいし、話が転がりやすくなります。


それは魅力的だし、仕事していく上でも、仲間うちでも、絶対に必要なことだと思うのですが、いかがですか?


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