ある人にとっては、



それが「正解」で、



別の人にとっては、



それは「まちがい」になる、



ことがある。







小学生の子供が、



放課後に、「今日、あそぼうぜ!」と約束をして、



「じゃあ、3時に学校でな!」と



時間も決めて、待ち合わせした。



3時になって、二人は学校に行きます。



けれど、



待てど暮らせど、友達はやってこない。



だんだん不安になってきます。



しばらく待って、



一人の子は、あきらめて家に帰りました。



もう一人の子は、



たまたま通りかかった別のお友達と遊ぶことにしたのです。



家に帰った子は、



お母さんの顔を見るなり、泣き出してしまいます。



「友達、来てなかった、、、」と。



翌日、



「お前、なんで昨日来なかったんだよ!」と聞くと、



「お前こそ、なんで来なかったんだよ!」



と、なってしまいました。



これは、私の息子が小1だった頃のおはなし。


 

 






3時に学校。



その時、



一人は、正門で待っていました。



もう一人は、裏門で待っていました。



二人は、放課後、



「一緒に遊びたかった」。



けれど、この場合、



お互いに、



自分にとっての「3時に学校で待ち合わせ」の認識、



つまり、



自分にとっての「正解」が



それぞれ「ちがっていた」から、



会えなかった。



そして、



共通の「望み」である、



「一緒にあそぼう」が、叶えられなかった。



この時もし、



ドローンがあって、正門からもっと上、



上に引いて、引いて、



学校の屋上まで見えるところまでカメラで映してみたら、



ちゃんと、お互いに、



「正門」と「裏門」で、



「3時に学校で待っている」のが



確認できたはずなのです。







こんな風に、大人でも、



共通の「ゴール」を目指している同士でも、



相手には、



自分からは見えていない景色がある。



そこに想像力を働かせることを忘れると、



そのとき自分に見えているものだけを



「正解」にして、



相手を「まちがい」にしてしまうことがあります。



「なんで、◯◯しないんだよ!」



そんな思いが相手に対して浮かぶとき、




もしかしたら、
いま、私は
自分に見えている側面だけで
世界を見ているのかも?





と、正門でじっと動かず怒りながら待つのではなく、



学校を一周ぐるっと回って、



友達を探してみる。



カメラを引いて、引いて、



「鳥の目」で眺めてみる。



そうすると、



自分の「正解」でも、



相手の「正解」でもない、



二人が本当に叶えたかった



「共通の望み」が見えてくることがあります。



「こたえ」は、



自分の側にも、相手の側にもなく、



「相手と自分のあいだ」



あるのかもしれません。




 

 

 


「どちらが正しい?」に入り込んでしまったときほど、



カメラをぐーっと引いて、



「鳥の目」で、全体を眺めてみたいですね☺️

 

 

 

 

 

 

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