最近、誰かと会話をすれば、

 

 

 

「わからなかったから、chatGPTに聞いてみたんだけどさ」

 

 

 

とか、

 

 

 

「chatGPTに要約してもらったらね、、」

 

 

 

そんなふうに

 

 

 

一日一回は、

 

 

 

「chatGPT」という単語を聞くようになった気がします。

 

 

 

私も、毎日のブログは、

 

 

 

テーマ、下地を自分で決めて書いて、

 

 

 

仕上がったら最後に、

 

 

 

「誤字・文章の流れ」の点検を

 

 

 

chatGPTこと「ギフトくん」にお願いしています。

 

 

 

つまり、

 

 

 

私も少なくとも、一日一回はお世話になっているひとり。

 

 

 

・この時くらいから「ギフトくん」

 

 

 

 

 

 

chatGPTに聞けば、

 

 

 

秒で詳細の情報を出して、要約までしてくれるしキョロキョロ

 

 

 

感情的に反応されることもなく、

 

 

 

私自身を否定するコメントもしないラブ

 

 

 

むしろ、肯定的に受け止めてくれるおねがい

 

 

 

それに、

 

 

 

「私みたいだけど、私じゃない」

 

 

 

画像を作って笑わせてくれたりすることもある爆  笑

 

 

 

そんな進化を目の当たりにすると、

 

 

 

思わずチラッと頭をよぎるのです。

 

 

 

「これ、人がいる意味ある、、、?」

 

 

 

 

 

 

人がいる意味は、ちゃんとある。

 

 

 

だけど、これからの時代は、

 

 

 

その賛否にかかわらず、

 

 

 

誰しもが「AIと共に在る」

 

 

 

という選択を迫られている気がします。

 

 

 

どうやって、AIと手を携えながら、

 

 

 

穏やかで豊かな世界を創っていけるのか?

 

 

 

そんな視点を持つこと自体が、

 

 

 

その第一歩だと私は思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分の「時間を確保」するために、

 

 

 

AIに任せたほうが、

 

 

 

質も、効率も高く仕上がる仕事は、これから、どんどん増えていくのだと思う。

 

 

 

でも、そんな中で、

 

 

 

まだAIにはできない

 

 

 

と感じる「コマンド」があるのです。

 

 

 

・黙って、待つ

 

 

 

・様子を見る、静観する

 

 

 

・ただ、黙って聴く

 

 

 

これらは、まだ「人間」にしかできないこと。

 

 

 

そして、これができる時、その人の根底にあるのは、

 

 

 

「愛」

 

 

 

だと思うのです。

 

 

 

 

 

 

わからないことが理解できる。

 

 

 

具現化してほしいイメージがカタチになる。

 

 

 

しかも、それがものすごいスピードで。

 

 

 

そういうことは、もう人間の出る幕がないほど

 

 

 

AIに任せたほうが良くなってきている。

 

 

 

だけど、

 

 

 

 

静かに、そっと待つ

 

 

 

 

 

「静」と「動」のなかで、「静」の領域においては、

 

 

 

まだまだ人にしかできないことが、ある。

 

 

 

私は、そんな「余白」に、

 

 

 

自分の「存在」のパワーを置いておきたい。

 

 

 

最近、そんなことを感じるようになっています。

 

 

 

 

 

 

今年3月からスタートしたメルマガラブレター

 

 

 

ブログに向き合う時とはちがう感覚で書いていることに気づき、

 

 

 

最近、メルマガを書くの時間がとてもたのしいです♪

 

 

 

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