先週から三者面談期間に入ったことで、

 

 

 

高1息子の1学期のお弁当作りミッションが、ひとまず完了した。

 

 

 

(お弁当作りミッションが突如発生した高1お子をもつ、世の親御さんたち、おつかれさまでしたー😂)

 

 

 

「確か、いんげんがまだあった気がする、、、」

 

 

 

息子は、まったく喜ばないけど、

 

 

 

お弁当の彩り担当用に買った、いんげんさん。

 

 

 

忘れていたのに、時々思い出し、また忘れる、

 

 

 

いんげんさん。

 

 

 

だから、冷蔵庫の野菜室の中だけではなく、

 

 

 

私の頭のどこかにも、いつもある、

 

 

 

いんげんさん。

 

 

 

こんな風に、

 

 

 

気になっているのに、ほったらかして

 

 

 

「ある」のに、「ない」ままにして

 

 

 

鮮度が落ちて、もう食卓に並べることができなくなっているだろうから

 

 

 

もはや、

 

 

 

 

「勝手に消えてくれていたらいいのに」(ひどいよねー悲しい

 

 

 

 

あるいは、「なかったことにしたい」案件。

 

 

 

これって、

 

 

 

「怒り」を筆頭とするネガティブな感情と

 

 

 

似てないですか😂?

 

 

 

「ある」のに、「ない」ことにしたい。

 

 

 

「ある」のに、見たくない。

 

 

 

「ある」けど、認めたくない。

 

 

 

他の野菜の下敷きになって見えなくなって、

 

 

 

もう使えない姿になっていたいんげんさんと

 

 

 

昨日、対面し、

 

 

 

思わず、

 

 

 

「すぐに使ってあげられなくて、ごめんね」

 

 

 

「放置して、ごめんね」

 

 

 

「思い出していたのに、ないようなフリをして生活しててごめんね」

 

 

 

こんな思いとごめんねが、出てきました。

 

 

 

現状のいんげんさんの姿をしっかり見て、

 

 

 

こころから謝って、ゴミ箱に捨てました。

 

 

 

そうやって、

 

 

 

いんげんさんは

 

 

 

野菜室の中からも、私の頭の中からも、

 

 

 

消失していきました。

 

 

 

見たら、

 

 

 

きれいでもなく、むしろ汚くて、

 

 

 

傷や痛みも伴うだろうから、

 

 

 

見たくない。

 

 

 

それが「ある」ことを、認めたくない。

 

 

 

今回の、私のミスで放置されたいんげんさんは、

 

 

 

「怒り」や「恨み」、「悲しみ」といったネガティブな感情の象徴で、

 

 

 

もしかしたら、

 

 

 

私の内側に、感じ残しの感情があることを

 

 

 

知らせてくれていた、

 

 

 

メッセンジャーだったのかもしれないな🥺

 

 

 

 

 

 

寄せては返す波のように

 

 

 

くり返し、頭に浮かんでくる「思い」。

 

 

 

見たくないと感じる「思い」なら尚更、

 

 

 

先延ばしせず、早く取り出して認めてあげるほうが、

 

 

 

お互い(私と私の思い)のためだな、、、泣き笑い

 

 

 

なんて思った、いんげんさんのおはなしでした。

 

 

 

まぁまぁ、ストレッチでもしようよーー🌿✨





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