「類は友を呼ぶ」

 

 

 

ということわざ、

 

 

 

変わった趣味の人の集まりとか、

 

 

 

社会不適合者たちが

 

 

 

「たいてい、みんなと同じことできない」って言ってる時とか、←

 

 

 

そういう場所で使われる言葉だと思っていたんだけど、

 

 

 

もっと深い意味でも捉えられる!ということに、先日気づきました。

 

 

 

 

 

 

それは、

 

 

 

類は

思考は

 

 

 

友を呼ぶ

現実化する

 

 

 

こんな風に二つに分けて書いてみると、

 

 

 

「類は友を呼ぶ」は、

 

 

 

「思考は現実化する」と、

 

 

 

ほぼ同義語に位置付けて読み取ることができる、

 

 

 

という気づき。

 

 

 

頭で考えている思考が(類は)

 

 

 

現実化する(友を呼ぶ)

 

 

 

 

 

 

お母さんは、弟のことのほうがかわいいんだ

 

 

 

派手な服を着ると、生意気だと思われて良いことない

 

 

 

私さえ、がまんすれば、みんなしあわせに過ごせる

 

 

 

例えば、こんなことを日々、頭で考えていれば、

 

 

 

その類(たぐい)の思考は、

 

 

 

その類(たぐい)の友を呼んで、

 

 

 

お母さんは、弟のことのほうがかわいいんだ

 

 

 

派手な服を着ると、生意気だと思われて良いことない

 

 

 

私さえ、がまんすれば、みんなしあわせに過ごせる

 

 

 

という思考を証明するような現実として

 

 

 

あなたの前に用意される。

 

 

 

用意された「現実」を、

 

 

 

「あなた」が、「好むと好まざる」に関わらず、

 

 

 

「あなたが思考したこと」

 

 

 

それが、類(るい)であり、思考。

 

 

 

だったら、私たちはどんな「友」を呼びたいかな?

 

 

 

 

 

それならば、

 

 

 

お母さんは、弟のことのほうがかわいいんだ

 

 

 

派手な服を着ると、生意気だと思われて良いことない

 

 

 

私さえ、がまんすれば、みんなしあわせに過ごせる

 

 

 

これらについて、

 

 

 

「こういう思考がイヤなのです」という思考をすれば、

 

 

 

「こういう思考がイヤなのだ」を感じる現実が呼ばれてしまう😂

 

 

 

私たちは「ネガティブな思考」に浸ることのほうがラクにできてしまうし、

 

 

 

気づいたら、呼ぶつもりもなかった友のことを

 

 

 

考え続けていたりする。

 

 

 

 

「類は友を呼ぶ」

 

 

 

だから、私たちは暮らしの中でいつも、

 

 

 

意識的に

 

 

 

「友」になりたくなるような、「思考」を探し、選び、

 

 

 

そんな「友」を現実世界に呼ぼう。

 

 

 

身の回りに、社会不適合者ばかりを集められる思考を持っているんだから、😂

 

 

 

きっと、できるよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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