長年の付き合いの親友二人と久しぶりの再会をしてきた。
そこに、今日は娘も連れていっていいかな?と
中1の女の子も一緒に加わることになった。
特に、「子供扱い」するわけでも、
中学生に話題を合わせるでもなく、
(合わせられないし笑)
私たちは、話したいことを話し、
飲みたいものを飲み、
笑いたい時に笑って過ごした。
彼女も、
まずかったら「これ、まずい」と箸を止め、
読みたくなったら小説を出して読み、
聞きたい話題に耳を傾け、
伝えたいことがあったら伝えて、
笑いたい時に笑っていた。
全員がフラットにそこに居ることで、
私はフラットに酔っ払った😂
私が中1だった時、
親の食事に同席したら
こういう在り方で同席できたかな?と問えば
おそらく、NOだっただろうね?
「いい子だね」と言われないまでも、
「無難」で終わるようにと、
座っていたんじゃないか?って
クスっとこころのなかで苦笑いしたんだ。
きっとね。
・
たとえ、目の前にいる相手が誰であろうと、
「いまの私の心地よさってどう在ることだろう?」
に目を向けて
それを、勇気出して、
ひとまず、「やってみる」ことができるのは、
「強さ」だと思う。
・
強さって、何にどう強いことが
「強さ」認定されるのか?
強さは、
自分で自分を大切にする意志の強さ
なんじゃないかな?と。
(今日の私はそう思いました)
この定義でいけば、
やりたくないことを、
ひたすら我慢してやり続けることは、
「強さ」の反対側に振れた在り方。
さらには、
自分を守っていく意志の強さが土台にあってこそ、
大切な人やものや環境を守る強さも
同時並行に育つんじゃないかな、とも思いました。
・
一人の時に自分を大切にするのって簡単だけど、
そうでない、他者もいる時に
自分のことを大切にしようとすると、
こわくて、勇気を出さなきゃできないことが
たくさん出てくるかもしれない。
大切にしているものは、みんなちがうから、
自分で自分を大切にするやり方、在り方も、
自ずとみんなちがってくる。
だからこそ、
理解されなかったらどうしよう、
という「こわさ」が出てくるのだけど、
それでも、
「私はこれが今、一番落ち着くのです」
という在り方を勇気を出して、
自分に向けて広げてあげる行為は、
誰かのこころを震わせにくるんだなって
体感した、親友との再会でした。
未来の世界みたい、、😂
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