1年前に書いたブログが、

 

 

「おひさしぶり」

 

 

って今朝ひょっこり出てきた。

 

 

自分、相手、誰もがもつ、

 

 

その人本来の「持ち味(オリジナリティ)」には、

 

 

食べものの「好き嫌い」のような

 

 

個人的な好みのちがいこそあれど、

 

 

マル(正解)もバツ(不正解)も、

 

 

実はなかった。

 

 

どんな「持ち味」も、

 

 

もちろん持ったまんまで大丈夫、

 

 

消さなくていい、

 

 

(好みの味つけみたいに、すべてはさじ加減😂)

 

 

というお話。

 

 

 

 

一部加筆修正(2021年9月9日の記事)

 

『持ち味と共に生きていくこと』

 


 

きっと、(相手は)こうだろうな。

 

 

きっと、(相手は)こうしたら喜ぶだろうな。

 

 

きっと、こうしたら(相手の)役に立てるだろうな。

 

 

自分の外側の世界のことを、

 

 

察して察して

 

 

他者がどう思うか?

 

 

というところにフォーカスし、

 

 

他者の優先度を上げにあげて

 

 

誰かに喜ばれることが自分の喜びだ

 

 

そう思って、

 

 

人の喜ぶ顔のために突っ走った時代がある。

 

 

 

「気がきくね」

 

 

「気配りのできる人だね」

 

 

「助かるよ」

 

 

「仕事ができるね」

 

 

 

 

そんな言葉を「勲章」のように捉え、

 

 

そんな言葉がもらえる人に、

 

 

もっともっとなれるようにがんばった。

 

 

そして、

 

 

気がついたら、

 

 

自分が、今、どんな気持ちなのか(知りに行く)

 

 

自分が、どうしたら喜ぶか(受け取りに行く)

 

 

自分が、どうなったら嫌なのか(回避する)

 

 

という点に、

 

 

関心を寄せることへの優先度は

 

 

自動的に下がっていき、

 

 

自分が、本当はどうしたいのかが

 

 

わからなくなった。

 

 

 

自分の望みを置き去りにして、

 

 

他者を優先した自動操縦で生き、

 

 

埋もれさせてしまった自分の本音は数知れない。

 

 

 

私は自分の現在地を見失い、

 

 

前に進む道がどこにあるのか、

 

 

どっちなのか、

 

 

わからなくなった。

 

 

 

 

この1年間、

 

 

ひたすら、事あるごとに

 

 

今、私は、どんな気持ちでいるのか?

 

 

自分は、どうしたい(したくない)のか?

 

 

相手に、どうしてほしい(どうしてほしくない)のか?

 

 

こればかりを自分で自分に問うてきた。

(それはもう、変態的に・・・😂)

 

 

 

今、「どうしたいの?」と聞かれたら、

 

 

「私は、こうしたい」

 

 

「私は、これはいや」

 

 

と、

 

 

ド直球で答えられるくらいに

 

 

「望み」・「本音」に到達するスピードは

 

 

あがってきた。

 

 

 

他者を優先したことで、

 

 

自分の本音を押しつぶしてきた苦い経験があるからこそ、

 

 

同じような歴史を更新したくない。

 

 

それで、ある時から私は


 

相手を「喜ばせること」を



最優先の目的として、



先回りして自分から先に動かない、

 

 

「察さない」練習をスタートする。

(「察する」の逆。)

 

 

 

けれど、



察さない練習を積み重ねるということは、

 

 

実は、

 

 

「察することのできる」

 

 

「人の困っているところ、

 

 

 助けの欲しいところを

 

 

 敏感に察知できる」

 

 

という、

 

 

先天的に与えられた自分の持ち味に

 

 

(なんと)「バツ」

 

 

を付けていた、

 

 

ということに、

 

 

今日、気づかせてもらった。

(※純ちゃん個人チューニングにて😭)

 

 

 

 

他者の喜びが自分の喜びにつながることは、

 

 

今も変わらない。

 

 

変わったのは、

 

 

他者の喜びを最優先に生きていないこと。

 

 

自分の本音を土台にして、

 

 

他者に対しても

 

 

喜びを生み出すことのどちらもできるとしたら。

 

 

 

「察する」ことができて

 

 

「察して」行動の取れる

 

 

持ち味は、ひとつも悪くなんかない。

 

 


持ち味全開のタヌキさん😂

 

 

「バツ」をつけているのは他でもない自分で、

 

 

 

「バツ」をつけられたと勝手に思っているのも自分で、

 

 

 

自分の持ち味に

 

 

無駄なものなんてないんだ。

 


 

自分、ぜんぶ。

 

 

(引用ここまで)

 

 

 ・

 


 

マルもバツもつけない。

 

 

自分のことも、相手のことも

 

 

ジャッジしないで済むために

 

 

最初にできることって

 

 

自分のこと、

 

 

相手のことを

 

 

よく「知る」ことから。

 

 

(だから、大切なのは「知ろうとする」意思と愛。)

 

 

 

 

先日、パートナーのKenny氏と一緒に開催した

 

 

「自分軸パートナーシップ」ウェビナーの中でも、

 

 

お互いの「持ち味」を細かく知っていくことの

 

 

大切さについても話題になりました。

 



 

 

自分たちは「ちがう者同士」だということを

 

 

思い出し、理解できたら、

 

 

相手への 「関心」、「尊重」、

 

 

「配慮」、「発見」につながっていったりします。

 

 

引き続き、



「ちがい」を笑い合える暮らしを☺️

 

 

 

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