1年前の夏は、
寝る前の娘の部屋に行って
本を読み聞かせていたのに、
今年の夏は
寝る前の娘の部屋に行って
本を娘が私に読み聞かせてくれている。
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本日こちらの投稿で
ブログ記事が700本目になりましたヽ(´▽`)/
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何がどうなって、そうなったのか、
覚えていないのだけど、
今夏から、寝る前の読み聞かせタイムに
私が本を読んだことは一度もない。
いつからともなく、
テレビ番組がある時を境にして
大幅に刷新されるかのように、
娘が選んだ本の朗読を
私が聴く時間に
その枠は変更されていった。
イヤイヤやっているのではなくて、
彼女は自分の朗読を
どうやら私に聞いてほしいようなのだ。
私が子供たちに読み聞かせをしていた時代も、
娘が私に朗読をしてくれる時間も、
時によっては
自分の時間が侵食されるように感じて
私はその時間を「惜しい」と感じることもある。
「今日は一人の時間を過ごしたいから、
読み聞かせはお休みさせてください」
と言うことも、もちろんある。
そう伝えると、
たいてい娘は悲しそうな表情を浮かべるけれど、
仕方ないって、
そそくさと部屋に入っていく。
・
数日前の夜、
今、読んでくれている本は
クライマックスを迎え、
不意をくらって私はその内容に
こころが動き、
胸の辺りがヒリついて、
それ以上聞くのがツラいような、
もう少し先へ進んで聞きたくなるような、
複雑なきもちにさせられた。
娘の声が泣いているようにも聞こえ、
床に寝転んで朗読を聞いていた私は
そぅっと顔を上げて
ベッドの上にいる彼女の顔を確認してみた。
彼女は私の視線に気づくこともなく、
泣いてもいなく、
ただ真剣に本を読んでいた。
その本は、コチラ。
翌日、
「昨日読んでくれたあの本のあの箇所、
こころがヒリヒリしたし、
ぐわんぐわんと感情が動いたよ。
(本の中の)○○の感情が伝わってくるような
素敵な朗読だったよ。
本読むの上手だね〜。」
と私は娘に感想を伝えた。
すると、彼女は、
「私はあの箇所は読むとツラくなるから
自分ではいつも飛ばして読んでたんだー。
だからちょっと昨日は読みながら
あ”ーーーってなってた。」
と言った。
知らなかったなー。
娘がそんなことを思ってたなんて、
知らなかった。
そんな共有ができたこと。
私はそこに、
有り難さと同時に
しあわせを感じたのでした。
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読みたくない日も、
聞きたくない日も、
あっていい。
読みたい日と聞きたい日。
ズレのないどっちもが揃ったら
そこにはちいさな「感動」が
見つけられる。
そんなことを感じた、
700投稿目は、
地味で些細でちいさな私の「日常」の
分かち合い、
となりました。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました☺️
🌿引き続き、感じたままに伝えていきたい。
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