朝、子供たちが家を出る時間に
私たちも犬を連れて一緒に家を出る。
犬連れだったら、
傍目にも
「見送り」は重くないし、
「見送ってる」ってバレない、
はず。
家を出る前に
即興で娘がつくる
「だいじょうぶ、だいじょうぶ」の唄。
きっと、
こころの中で、
他のメンバーも同じ唄、
合わせて唱えてる。
犬が走り、
君たちを全く見送っていないようで
私が校門前に先に着いて
待ちぶせする。
普段なら、
まるで、そこに私は居ないかのように
通り過ぎていく娘が
私に近づいてきて
言う。
「忘れ物をしていたら、届けてね。」
(なにが忘れ物かなんて、
私にはわかんないよ)
と
よぎったけど、
それを一瞬でかき消して
「わかった!」
その時できる満開の笑顔で、
わたしは言った。
それを見て、娘は笑い、
吸い込まれるように
学校の中へと入っていった。
子供の言葉を、
額面通りに受け取らない。
もっと下の、もっと奥の、
もっと深いところにある
「想い」に
母の私は、思いを馳せるんだ。
いつも以上によく喋る息子、
夜にはお腹をこわしてトイレに籠城。
新学期のソワソワ。
それは、
ワクワクドキドキだけじゃないんだろう。
一年前も見上げていた
あの大きな木には、
新緑が日に日にムクムクと顔を出し
風に揺れている。
今まで、
当たり前にできていたことが
一旦、できなくなって、
自分たちなりの「屈伸の期間」を踏んで
できなくなったことを
再びできるようにする、
という経験を経たからこそ、
「当たり前」のありがたさが
一層沁みる。
どんなことも、
ずっとは続かない。
どんな人にも、
事情と理由がある。
新生活が日常に切り替わるまでの
春の「助走」期間は、
彼らのやわらかいところに抱えられている
事情と理由に
思いを馳せることを端折(はしょ)らず、
丁寧に、ゆっくり
進みたい。
春の「助走」期間も、
ずっとは続かない。
🌿余白を作っておくから、君の話を聞かせてよ。
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