「こころから」、
聞く耳を持って
相手の話を聴くことも、
伝えたい話を語ることも、
届けたい文章を紡ぐことも、
今日食べたい夕飯を作ることも、
歩きたい散歩道を
景色を眺めながら歩くことも、
ゆとり(スペース)がなかったら、
それらは
「こころ(愛)から」の起点では
着手できない。
そして、
私の中に用意できる
「余白」は、
大してなかったんだって、
そもそも持ち合わせていた
自分の「余白(キャパシティ)」の狭さを
思い出し、
自虐的に笑ってみるんだ。
だけど、それでも、
本当は。
私は、
あなたが話したい話を聞きたいんだ。
あなたの笑った顔が見たいんだ。
なのに、
毎日、どこかで、
本末転倒なことをやっている。
・
娘がベッドに入る時間、
いつもは、
ブログを書かなきゃ、
あー、もうこんな時間、とか
渋々訪れてしまっていた娘の部屋で。
「今日は、
本を読まなくていいから、
話を聞いてほしい。
聞くだけでいいからさ。」
そう言われて
私は、
頭の中も、
両手も、
身体も、
先に
空っぽにした。
娘はベッドで
私はベッドの下に座り、
自分の足指をマッサージしながら
彼女の話を聴き、
時々、目と目で確認しあい、
深刻かと思いかけてしまいそうな話を
私たちは冗談を言い、
ところどころ替え歌を歌い、
二人で笑いあって、
「おやすみ」をした。
「スペース」がないと感じていても、
瞬間的に、
「そのこと」への優先度を爆上げし、
先に
「スペース」を用意してみたら、
余白は作れなくもないものなんだなって
気がついた。
優先度爆上げができた、
その理由は、
この二つ。
「こころから」、
「そのこと」をしたいと思ったから。
「そのこと」について、
「こころ(愛)から」の起点で
行動したいと思ったから。
こころから、自由時間なひととき。
こころから、
やりたい
ことにしか
自分の生きる時間は
使えないや。
そんなことを思った夜。
☆この日に書いたブログのことも思い出しました。
🌿 春はなにかとこころが動く。
↓公式LINEのご登録はコチラから↓
ブログとは少しちがう日常を。
個別メッセージも、すべて読ませていただいています♡


