「わたしは、チラシだけほしいです」



その建物に入る手前、


いつもはそこにない、


立て看板が置かれていた。



立て看板の内容は、


昨夏に行こうとして立ち消えになって、


気になったままの、


「乗馬」


だった。


立ち止まって、


じっくり情報を取る時間がなかった私は、


ひとまず、スマホで看板をパチリした。



入り口に入ると、


その「乗馬」についてのチラシを


配っているお兄さんが見えた。



「あ、チラシあるんだ。ほしいな」


こころの中の第一声。


声に従い、


私はチラシをもらいにお兄さんに近づいた。


お兄さんはチラシを私に向け、


私はチラシを受け取った。


と思ったら、


お兄さんはチラシを手から離さない。


チラシを介して、お兄さんと私。


釣り?みたいな状況になった😂



「チラシだけほしいです。」



思ったと同時に、言っていた。



「今日なら、奥で体験会の申し込みもできます」



お兄さんは言った。



「今日は時間がないから、


チラシだけほしいのです。」



「わかりました、どうぞ。


興味があったら、


是非ご連絡、お待ちしてまーす。」



そこでお兄さんは、


チラシを離して私にくれた。



とても地味で些細で、


どうでもいいといえば、


どうでもいいのかもしれない、


やりとり。



だけど、これも、


私にとっての


日常における大切な「実践」の一つ。


そして、


今日の自分の受け答えについて、


わたしは、


「うん、いい!気に入った」


そう思った。



自分はどうしたいと思っているのか。


今の自分のこころの声は、


なんと言っているのか。


いちいち細かく、自分と対話する。


その短く小さな声を


いかに


掬い、


従い、


採用するのか。


私の日常における


優先度「最高」設定事項は、


そこなのだ。



こころが誕生させようとしている


「本心(望み)」は、


主語が他者であることはなく、


本来、


主語はいつも、「自分」だけ。


そして、


こころの声は、


こころの「主」である「自分」に対してしか、


呼びかけてこない。


こころの声の中に、


いるのは「わたし」と「私」の


私たちだけ。



だから、


手からチラシをすぐに離してくれなかった


お兄さんに対して、


「説明を聞かなきゃいけないのなら、


いりません」


と言うのは、


こころの声のようでいて


ちょっとちがう。


チラシは、もらいたいのだし。




どんな「本心(望み)」も、


素直で、


シンプルで短く、


やわらかくて、


あったかいから。



もっと下に


スッとまっすぐ自分に(相手に)届く


望み・言葉がある。



「わたし」は。



「わたし」は、


どうだったらよかったんだろう。



チラシから手を離さないお兄さんに、


私の、純度高い望みを伝えるなら。



「わたしは、チラシだけほしいです」



こうやって、


本心にもっとも近い言葉を使って


他者とコミュニケーションが取れた時の、


小さなバンザイ(´▽)/  を


感じられることを


しあわせ


というのではないかな。




散歩の途中で出会ったパグの「フク(福)」くん。

ウチの「コウ(幸)」と並んだら、

「コウフク(幸福)」コンビになりました☺️




🌿今週もおつかれさまでした❤️

1対1の個人セッションを再開したいきもちが芽生えています🌱

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