最近、週末の朝ごはんは、

息子がフレンチトーストを作ることが多い。

息子:俺のつくったフレンチトースト食べたいひと〜?

私:私は半分もらいたいー。

娘:まきこが作ったフレンチトーストだったら食べたいー。

息子:なら、はなには作らないね〜。

娘:オッケー☆



望みを差し出すだけ。



息子は、

シトシトに卵液の沁みたフレンチトーストを作りたい!

という

湧いた一念にまっすぐ従って、

食パン2枚に対して卵3個。

一つ多くたまごを割った。(と、私は思った)

息子:あれー、なんか卵が余っちゃうな〜。



やってみて、ちがった。



私:私はねー、

昨日おとといって作ってたフレンチトーストは、

食パン2枚に対して、たまご2個だよ。

あれで、結構シトシトしてたでしょう?

息子:あー、、、うん、、

私:責めてないよ。

私はこうしてたんだよーって教えてるだけだから。

息子:おっけー。じゃ、食パンもう1枚増やそっかな。

はなー、俺のつくったフレンチトースト、

食べてくれない?

娘:・・・・
(ゲームピコピコ)

私:はなー、えいたが望みを差し出してますけどー?

娘:あーいいよー、食べるー。

息子:よかった、ありがとう。





湧いた一念に従う。


従った結果、

「なんかちがう」

も味わう。

じゃ、それでどうするのか。

どうしたいのか。

どうしたら、心地よく着地できそうか。


やり直す。


一念に従って違った結果、感じたこと。

これを自分のデータベースにする。

そうすると、

「思ってたのとちがう」って感覚は、

次はもう採用しないかもしれないし、

採用したいなら、またしたっていい。


人生の「土台」となる家族のなかで、

こんなやりとりをできるようになって

洗面所で顔を洗いながら

泣けてくる。


私はどうしたいんだ?

相手はどんなことを感じていそうか?

今言った言葉は、

きもちの起点は「愛」からだったか?

誰のことも傷つけない。

誰のことも悪者にしない。

自分が自分の味方をするために、

勇気を出す。
(自分の望みに、自分が思っていいって許可をする)

そうやって自分に向けた「愛」は

結果として、

チームを強くすることになっていく。


地味で些細でちいさなこと、

かもしれない。

けど、そこを置いてきぼりにしていたら

暮らしの土台は作れない、と私は思う。

こんなことを感じられるようになっている

今日の自分のことをうれしいって思う。

明日はどうだかわからない。

毎日、毎分、毎秒、毎瞬、

自分の「本音」にチューニングする。

そんな私の土台を信じ、

応援してくれているのは

純ちゃんの縁側スペースneiro。

そして、

私のこころの中ある、縁側。

ずっと行きたかった縁側は、こころの中に、もうあった。







「おはなし会」11月枠の募集についてのご案内は、今月末にお知らせします。
「おはなし会」募集は次回が一旦最後の予定です☺️



🌿 本音はいつも、やわらかい。

 ブログとは少しちがう日常を、週に2回を目安に書き始めました。個別メッセージも、すべて読ませていただいています♡