5週間ある夏休みのうちの、2週間が過ぎた。

 

 

密やかに、

 

私は自分への夏休みの「自由研究」として、

 

小学生と中学生の子供に対し、

 

 

「宿題をやりなさい」

 

 

「勉強をしなさい」

 

 

「やるべきことをやってから、

 

 

やりたいことをしなさい」

 

 

とは言わないで過ごす。

 

過ごしてみたら、

 

親の私、子供たちは

 

どんな変化が得られるか?

 

その上でどうしたいと感じるのか?

 

という、

 

私にとっては

 

かなりチャレンジングな課題に取り組んでいる最中だ。

 

 

 

 

2週間過ぎて、

 

NGワードを言ったのは

 

片手で数えられるくらいの回数を言った、

 

と自覚している。

 

そして、

 

子供たちはどうかというと、

 

見る限り、

 

やりたいことを9割して過ごしているように窺える。

 

宿題をやっているのは、

 

「ちょっと」しか知らない。

 

これは、めっちゃザワザワする。

 

イライラもする。

 

そういう時はたいてい、

 

私がやりたいことをがまんして、

 

やるべきことを優先していたりする時。

 

そして、

 

このまま宿題を完成させずに

 

子供たちが始業式を迎えることになった場合、

 

その責任は自分(子供)が負う、

 

という経験をすることになるのだが、

 

それも、不安だと感じている私がいる。

 

なぜ不安かと言ったら、

 

色々出てくるけれど、

 

突き詰めたら、

 

その責任は自分(私)にあるのではないか?

 

なんて母親だ!と言われやしないか?

 

思われやしないか?

 

 

周囲の目を気にして

 

ビビっている私もいるからだ。

 

 

 

 

 

私の経験上、

 

自分の意志を起点にしていない、

 

もしくは意志に反して、

 

誰かの指示により始めた(やらされたと思っている)ことは、

 

誰に指示(邪魔)されたかは覚えていても、

 

それ以外のことは

 

頭にも心にも、

 

記憶にもほとんど残っていかなかった。

 

 

自分で決めて、動いて、やってみた。

 

自分で決めて、動かず、やらなかった。

 

一つひとつの選択を

 

「自分がどうしたいか(本音)

 

を判断基準にして

 

自分で選び、

 

決め、

 

行動する(しない)ことを自分に許可する。

 

 

それをやってみて、

 

「自分はどう感じるのか?」

 

を知り、

 

その結果の責任は自分で引き受ける。

 

 

そんな経験を重ねている今、

 

子供たちに向けて

 

安易に

 

 

「宿題をしなさい」

 

 

と言えなくなってしまった私もいる。

 

言った途端、

 

自分の発言の雑音ぶりに

 

嫌気がさすのだ…

 

 

不安も消えないけど、

 

大切にしたい「在り方」は、

 

もっと消えない。

 

 

残り3週間、

 

学校の宿題はやっててほしいけど

 

私の自由研究を進める過程で

 

今、私が大切にしている

 

「自分で自分を生きる在り方」を

 

ただ、

 

思うままに彼らと語り合える時間を

 

作っていけたら

 

うれしいと思う。

 

 

 

 

 

母だって、夏休みのあいだ

 

いろんなことを思ってるんだ。

 

思ってくれてたんだな。

 

 

 

 

 

 

 
 

 

 

 

 

 

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