人はいつだって
しあわせに向かって生きてるのに、
分かれ道に来たところで、
カンタンモードにしますか?
それとも
ハードモードにしますか?
無意識に
無自覚に
自分の仕業で、
スーパーハードモードをあっさり選択して
(おい)
こんがらがって
すっ転んで
煤だらけになって
血だらけの修行僧になって
迷子になってること
ある
ある、ある。
スーパーハードモードを選んでも
必ずしあわせになるんだけど、
今のしあわせに気づけるまでには、
それから年単位での時間を要することもある。
(余裕で、ある😂)
分かれ道に来たときに、
どちらの道を選ぶかが、鍵。(だと思う)
超難関モードを選んだ時は
他者の意見
他者の評価(自分への)
他者からの反対
を
そのまんま、
それが自分の意見だと錯覚して、
採用した時。
引っ張られたし、
引っ張られることはまだまだあるし
引っ張られそうになることは、
しょっちゅうある。
揺れに揺れ、
拗ねに拗ね、
自分への責任を放棄して、
(他者のせいにして)
スーパーハードモードを選択し
歩み始める。
そのプロセスが悪いわけではないし、
気づいた時のギフトも大きい。
ただ、
「生きにくさ」がついて回るだけ。
誰かが
私を、
酷いやつだ!
と評価したからと言って、
私まで
私を、
酷いやつだ!
と引っ張られる必要はない。
私は、
私を
しあわせにする、
私が大切だ、
に変わりない。
どんなときも、
自分のこころの声を採用する。
責任を取るとしたら、
まっさきに
そこ。
どっちを選んでも、大丈夫だよ。
難関モードに
イヤというほど飽きたら、
また
分かれ道は、
用意されるから。
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自分の足で立っている感覚、
自分の意志で漕いでいる感覚、
本来持っていたその力を
一緒に取り戻して
「生きる」に夢中な仲間を増やしたい。

