妊娠判明の後、

1週間もすると始まった・・・。


そう。

つわり である。


とにかくもう、1日中気持ち悪いったらありゃしない。

ぴよりんはお酒が飲めないので2日酔いってどんなものかよく分からないけど、

よく2日酔いがずーっと続いている感じ”と例えられる。なるほど。

そして、あらゆる匂いに敏感になった。

ご飯の炊けるにおいも

お味噌汁のにおいもダメ。

当然食べる気なんて起こらない。

初めはかなりしんどいながらも買い物に出かけていたけど、

日が経つにつれてどんどん悪化していって

チラシで魚の写真を見るだけでも

「オエッ!」となったっけ。

(おそらく頭の中で料理を・・・というよりその匂いを連想したんだろうな。)



もう家事なんてできる状態ではなく、

このままでは仕事のあるパパにかなり迷惑がかかるし、

ちょうどゴールデンウィークに時期が重なったので、

ぴよりんは実家にしばらくお世話になることにした。



んが。

家事を休んでいても症状はどんどん悪化。

食べたものは全部吐いたし、

最後には水さえ受けつけなくなっていた。

おかげで1週間ちょっとで体重5kg減!



里帰り出産の予定なので、

出産する市民病院で診察を受け、

症状が少しでも緩和するように点滴をお願いすることにした。

すると・・・・。

担当のS先生。

尿検査の結果を見るやいなや


「脱水症状がかなり進行していますね。

 入院治療をお勧めします」


は??


思わず耳を疑った。


つわりで入院ですか?

通院で点滴するのじゃダメですか?


「通院では点滴できる量に限りがありますから。

 入院を強くお勧めします!」


・・・・・そ、そうですか(- -;;

じゃあ、よろしくお願いします。


という感じで

生まれて初めて入院することになった。


後から知ったことだけど、

このとき脱水の程度を示すケトン体の値が+4

血圧も異常に低いし、微熱もあった。

カルテをチラッと見たら

”重症妊娠悪阻”

と書かれていたよ・・・。


そんなわけで、

入院初日から1日に2,500ccもの点滴を受け、

とにかく水分補給を~!って感じ。

当然、夜寝る間も点滴をつないだまま。

まぁ、それだけ水分が足りなかったってことですねぇ。

でも、この点滴のおかげで少しずつ体調もよくなり、

吐く回数もだんだん減っていった。


そして3週間たって、ようやく退院

それでも、なかなか買い物とかに出かけられる状態ではなく、

試しに近くのショッピングモールに行ったとき

入店して10分で

目の前が真っ暗になって立っていられなくなり、

早々に帰宅したこともあった。

だから、療養を終えて実家から自宅に戻ったのは7月になってからだった。



ところで、ママはすっごく苦しんでいたけど、

このころのほのほのは

お腹の中で元気に遊んでいたらしい。

入院中もたびたびエコーでお腹の様子を撮影してもらったけど、

ピョコタン!ピョコタン!と

全身バタフラ~イ♪

全身しゃっくり~♪

みたいな感じで跳ねて(?)いるのが見えたもの。

このときは思わずプッ(o^m^o) と笑っちゃった。

おかげで元気が出てきたよ。



まだ3cmにも満たない

ほのほのに励まされながらの入院生活だった気がする。

先週から、

実家の都合でほのほのといっしょに帰省している。



ここで、ママの妹・Kぽんにより

ほのほのにある歌が教えられた。

ほのほのもずいぶんとお気に召したようで、

さっそく気持ちよく歌いだした。



どんな歌かというと・・・。



♪トンボのめがねは水色めがね~♪のメロディーでうたってください)


♪ばぁばのめがねは ろうがんめがね

 とおいとこしか みえないの~

 み~えな~い~のぉ~~ ♪



はじめて聞いたときには

思わず


ブッ(≧m≦)


と吹きだしてしまった。


しかも、ばぁばの前でも歌い、

ばぁばが

「いやぁ、ほのほの。やめてぇ~(´□`;)

と言うと

ますます調子に乗って何度も歌う。



おもしろいから

しばらくほっとこ(〃 ̄∇ ̄)

今日は、ほのほのがママのお腹にやってきたころのお話。


思い出すと、ついこの間のような気がするんだけど、

お腹にいたちっちゃなちっちゃな命

今では目の前でスックと立って

いろんなことができるようになり、

ときにはママとバトルを繰り広げるまでになった。

月日がたつのは本当に早い・・・。



2003年4月

結婚してまもなく2年になろうというころ。

そろそろ子どもがほしいと思っていたけど、なかなかできず・・・。

パパの転勤で埼玉から兵庫へ引っ越した。

当時はぴよりんも仕事をしていたけれど、これを機に退職。

引越しも一段落して

転居通知のハガキに使う写真を大阪造幣局に撮りにいったり、

パパの実家のみんなと大阪城に行ったり、

新しい土地での生活を楽しもうと思っていた

そんな中。


月のモノが遅れて「あれ??」

もしかして・・・と思って生まれて初めて妊娠検査薬というのをやってみた。

すると。

「うわぁぁぁぁ!」

説明書には”5分ほど待ってください”と書いてあったけど

すぐにハッキリと出た!

もう感動!!

帰宅したパパに即報告!

パパは喜んでいたけど、まだ実感がわかないって顔してたっけ。

アイロンかけてるぴよりんの姿を見て、

「そこに赤ちゃんがいるのかぁ・・・」

なんて言ってたなぁ。



翌日。

引っ越したばかりで全然情報がなかったものの、

急いでネットで産婦人科を探したところ

歩いて15分ぐらいのところに評判のよい産婦人科があることがわかり、

I産婦人科を受診。


「現在5週と3日ですね。おめでとうございます!」


先生の言葉にじ~んときてしまった。

予定日は2003年12月22日とのこと。

エコーで撮った豆粒みたいな赤ちゃんの写真をいただいて、

昨日のパパじゃないけど

「ああ、ここに赤ちゃんがいるんだ・・・」と

思いを馳せた。


一方のパパ。

この日、会社でだれかに話したくて仕方なかったらしい。

「今日分かるんですよ~o(〃^▽^〃)oって。

でも診察の結果が分かるまでは・・・と思ってガマンしたとか。

でもね、帰宅したパパの手には

しっかりとお祝いのケーキが握られていたのよ (*^m^)プププッ


今日は、JR福知山線の事故からちょうど1年の日。

ご遺族の方や、怪我を負われた方にとっては

本当につらい日だろう。



ぴよりん一家は、

あの事故の1ヶ月ほど前まで現場の近くに住んでいた。


あの日。

偶然にもほのほののオムツを替えるときにTVのリモコンを持たせていて、

偶然にもほのほのがNHKのチャンネルを押してTVをつけた。

すると・・・。

”塚口駅の南方で・・・”というアナウンスが聞こえた。

しかも、まだはっきりとTVの画面が映らないにもかかわらず、

スタジオの雰囲気からただならぬものを感じた。

つい1ヶ月前までいたところの地名が耳に入ったことで

思わず手を止めてTVを見ると

あの光景が中継されていた。

「な・・・・・」

”なにこれ”という言葉も途中で消えた。


兵庫県にいたころは、

帰省で新幹線を使うときは

この路線を使って新大阪まで出ていたし、

塚口駅を使ったことも何度かあった。

そんなところで・・・。



関係者の方からすれば不謹慎な言い方かもしれないけど、

幸いなことに

ぴよりんの直接の知り合いは

新聞に名前が出ることはなかった。

でも・・・。

もしかしたら、友達の友達であったり親戚であったりする人が

負傷していたかもしれない。


これも関係者の方には申し訳ない話かもしれないけど、

以前阪神大震災が起こった後、

当時大学生だったぴよりんは高校の同窓会に出席した。

そのとき、神戸に下宿していた同級生も出席していて、

彼にむかって

「大変だったんだってね」

と、不用意な言葉をかけてしまった。

そのとき彼が目を伏せて

「うーん、もうその話はふれたくないんだ・・・」

と言っていたのが、その後何年たっても忘れられない。

周りの人間からすれば、

親切心というか

「心配してたんだよ」という気持ちから声をかけたつもりでも、

当事者にとってはその事件や事故は

ほんとうに重く心にのしかかっているんだと

初めて気づかされた瞬間だった。


そんなことがあって、

向こうの友達に事故のことでメールや電話をするのを控えてしまった。

正直なところ、自分の発した言葉で

相手を傷つけてしまうのが怖いんだ。

そして、いまだにこの事故について触れないままでいる。

だから、この事故がほんとうに自分とは無関係なのかどうかすら分からない。

こういうのって、ぴよりんの偽善なんだろうか。

もし友達に関係者がいたとすれば、

励ましてあげるべきなんだろうか。

でも今さら・・・、なんて思ってしまう。



自問しつづけるばかりだけど、

今日は事故の時間に少しだけ黙祷をささげた。

どうかこういう事故が二度と起こりませんように・・・。




最近、だいぶトイレで成功するようになったほのほの。

この夏に、気合をいれてオムツはずすゾ~!



しかし、ここまでの道のりは結構長かった・・・。

というか、所詮はぐぅたらママなので

本格的にトレーニングしようという気にならなかった、というのが正しいね。

はい、ごめんなさい。



補助便座を購入したのは

たしか1歳半ぐらいのとき。

ちょうど、その夏の前にこどもちゃれんじのチラシが入って

トイレトレーニングの特集だった。

しまじろうのパペットもDVDもついてるし、

しまじろうのマネをして

やる気になってくれないかなぁ~、というハハの勝手な期待のもと

こどもちゃれんじの策略にハマッて(?)

トレーニングも始めることになってしまった。

このときは、ママも

「今年の夏にとれたらラッキー♪」

と、はりきっていたのだが・・・。



まぁ、それまで、ママがトイレに行くときは

必ずついてきていたので、

ほのほのはトイレに対する抵抗がなかった。


ん?

あ、いや違うな。

・・・・っていうかぁ~(語尾あげめに)。

ほのほのはとっても小心者なので、

ママがひとりでトイレに入ることを許してくれない。

ドアを閉めたら最後、


「ほのほのも~っ!

 ほのほのもはいるぅぅ~っ」(/TДT)/ズドドドド

                                    (ドアをたたく音↑)

と、トイレの前で号泣される。

なので、必然的にいっしょに入らざるをえないってだけか。




その後、何度か座らせてみたものの、

座ることを喜んではいたけど

トイレでおしっこもうんちも出たことがないまま。

だいたい座ると遊んじゃってダメなんだよねぇ。

一度成功すれば、ほめて教えてあげられるんだけど。

というわけで、ぐぅたらママの中で

「まぁいいか。来年がんばろ」

という心の声が大勢をしめることになり、

半年ぐらい経ってしまった。




そしてそして。

初めてトイレでおしっこができたのは

なんと去年のクリスマス!

ママにとっては、とってもとってもうれしいプレゼントになった。

思わず

「ばんざ~い!ばんざ~い!!\(*T▽T*)/

と連呼して

ほのほのに笑われた・・・。

あなたのことで喜んでるんですけどねぇ( ̄_ ̄ i)



その後、初めてウンチができたのは

年が明けて2歳になってまもなく。

ちょうどパパの実家に行っているときだった。



これでおしっこやウンチが出る感覚を覚えてくれたかな?

・・・と思ったが。

たぶん今度はママのほうが

トイレに誘うタイミングをつかむのに苦労していた。

ちょっと早めにこまめに誘うとイヤがられたり、

「あ、出るかな?」

と思って連れて行くと

すでにオムツに出てしまった後だったり。

本人は遊んでいたりすると

自分からはなかなか教えてくれないからなぁ。




で、試行錯誤を繰り返しているうちに

勝手に時間はすぎ、

ほのほのもようやく最近

出る前に教えてくれるようになってきた。

とは言っても、

教えてくれたときにすでに手遅れであることも

まだちょくちょくあるし、

言ったからといって必ず出るとは限らないし。


なにより困っているのはお風呂の前後

お風呂の前にしろ後にしろ、

すっぽんぽんの状態で

「ちー出る!」

と言われることが多い。

(・・・というか、ほぼ毎日。)

なにせ、事前に連れて行くと出ないし、

出ないからと思ってお風呂に入れてしまうと

お風呂の中で

「ちー出る!」

と言われて仕方なく洗い場でさせてしまったり、

体をふいている途中で

ビショビショのままトイレに駆け込んだり。


もうどうしたらいいのやら・・・ヽ(  ̄д ̄;)ノ


 

どなたかいい知恵

貸してもらえませんか~??(めっちゃ切実)



この先、いつパンツデビューできるのか

とっても不安なハハである・・・。