日本語の成立について、
遼河地域を原郷とし、
3000年前に
農耕と共に
朝鮮半島から日本列島へ伝わり、
縄文語を話す人々は北へ追われてアイヌとなり、
朝鮮半島から渡来した弥生人が話す古朝鮮語が日本語となった。
とする説が11月になり新聞紙上を賑わせました。
(´-ω-`)
然し、
弥生人が縄文人を駆逐し、民族が置き換わったという説は、
弥生時代の開始をBC300年とする
前世紀の古い学説に基づいたものであり、
現在は一部の
「何でもかんでも文化は朝鮮半島から来たニダ٩(๑`ȏ´๑)۶」
と唱える某国御用学者を除いて、
(´-ω-`)
誰も信じていません。
( ・ิϖ・ิ)っ
稲作の伝播については
北九州BC1000
奈良BC660
濃尾平野BC500
静岡AD0
となっており、
それぞれの地に住んでいた縄文人が順次稲作を採り入れていったと考えられるようになってきました。
稲作を早期に取り入れた九州では、縄文時代には見られない集落間の争いが起きるようになり、
東の縄文勢力は弥生文化の受容に慎重になっていたのでしょう。
(˶˙º̬˙˶)*॰
関東ではBC300頃に東海から海路で渡った人々が稲作を開始したようですが、
縄文文化を継続する人々も残っており、
初期農耕はキビ・アワ作が主体であったようです。
遼河地域は遼東半島には山東半島から稲作が伝わっていたものの、基本的にはキビ・アワ農耕が中心なので、関東にも遼河人が来ていたのかもしれません。
また、古くから遼河地域と交流があった青森県では、BC400頃から稲作が試されていますが、気候に合わず放棄されたらしく、その後は縄文回帰し、続縄文文化が古墳時代まで継続したようです。
弥生土器の製法は全国に伝播したものの、
東日本の弥生土器は少なく、
また、縄文が施文されるなど、その地域の縄文土器の特徴を引き継いでおり、文化の断絶は感じられません。
濃尾平野でBC500頃に普及した稲作は、
静岡では紀元前後まで受容されませんでした。
銅鐸の分布が天竜川、或いは掛川を東限となっており、
静岡は古墳時代まで縄文勢力が優勢であった可能性があり、
ヤマト朝に対抗する縄文系の狗奴國が古墳時代まで存在したと考える研究者もいます。
(˶˙º̬˙˶)*॰
かつては弥生時代を代表する遺跡であった
登呂遺跡も、
実は山梨長野縄文王国から南下してきた縄文人が営んだ弥生遺跡であったとする説もあるようです。
( ・ิϖ・ิ)っ
庶民の住居は、
縄文時代以来の
入母屋造の
竪穴式住居が
平安時代まで主流であり、
そのまま近代まで続く日本民家の原型となっており、
22000年前から日本の庶民の住宅は少しずつ進化しながら継続しており、
文化の断絶はありません‼
(´-ω-`)
縄文と弥生は、
実は連続した文化であることが、
(まだ教科書には載っていませんが)
21世紀の現代ではほぼ、
明らかになっています。
弥生文化が東日本に到達するのは、
紀元前後であり、
日本語は僅か2000年前に成立したような新しい言語ではないのです。
環日本海地域に隣接して存在する
ニヴフ語
アイヌ語
日本語
朝鮮語
は、その話者である
ニヴフ人、アイヌ人、倭人、朝鮮人(つまり大日本帝国本土住民)が古来から交流を続けてきた隣人であるにもかかわらず、
言語的に大きくかけ離れており、分岐年代が非常に古いことが明らかであり、
また非常に長い期間、同じ場所に住み続けている人々であることが明らかになっています。
言語学的には
日本語
ニヴフ語
アイヌ語
朝鮮語
に、
ケット語
バスク語
を加えた6言語は
出アフリカ古層A型に分類されています。
ユーラシアで最も古いタイプの言語なのです。
(´-ω-`)
日本語が2~3000年前に成立したというのは完全な誤りです。
寧ろ、
環日本海地域の古層言語として、
遼河語
つまり、ユーラシア大語族
のちの
ウラル語
アルタイ語
印欧語
ドラヴィダ語
の基になった古層言語である可能性があります。
(´-ω-`)
2015年に発表された学説から想定すれば、
5万年前に
ハプロD1、C1
がアフリカから日本列島に渡来、
出アフリカ古層言語である抱合語の原日本語が成立。
35000年前頃に
本州岩宿人から分岐した
アイヌの祖先が北海道に渡り、
原日本語と原アイヌ語が分岐。
その後、原日本語は膠着語に進化し、
原ニヴフ語と分岐、
ニヴフ人は北海道と陸続きのアムール地域に移動し、
極東地域の言語に影響を与える。

後期旧石器時代末期(18000~15000BP)に、
大陸系細石刃技法、
土器文化を伴って
長江のO1b1と分岐したO1b2が日本列島及び環日本海地域に北上。
オーストロアジア系のO1b2と
日本列島在来のD1a2a、C1a1が融合して
16000年前に
古日本語が成立。
(´-ω-`)
従来は
D1a2a、C1a1は縄文系とされましたが、
実は岩宿系であり、
弥生系と言われたO1b2が縄文系となっています。
ヤマト族男系の7~8割が縄文時代草創期から日本列島に居住していたことになり、民族の置換は起きていません。
(。ì _ í。)
然し。
母系は岩宿系、縄文系は少なく、弥生以降が多いというヤマト族の特徴があります。
(˶˙º̬˙˶)*॰
『後漢書』が記す倭国に女子多しとは、
海洋交易民である倭人が、
各地から女子だけを連れて来たと考えられます。
この時、種子やそれに伴う農業用語を女性が持ち込み、
子育てをする女性から母国語が子に伝わり、
日本語には世界各地の様々な言語と共通性を帯びるようになりますが、
特殊な言語であり、古くから話されてきた日本語が大きく変わることはありませんでした。
また、こうした外来語の取り込みが縄文時代から頻繁に行われててきたことで、
日本語は外来語や新語を容易に取り込めるように進化してきたのです。
(。ì _ í。)
基本的な日本語の成立時期は、
後期旧石器時代末期~縄文時代草創期
16000年前という事になります。





























