聖夜の夜   光を感じて雰囲気を楽しもう。


今日は12月24日。クリスマスイブだ。明日の本番に備えて周りはイルミネーションで綺麗だ。


その雰囲気に合わせて何枚か写真を撮った。 以下の絵だ。



















ほかでもこのような光景が見ることができるだろう。


なぜ、私たちはイルミネーションといった綺麗な光景を撮影するのだろうか。


理由をいくつか考えてみた。


①気持ちが癒されるから

②記念に残しておきたいから

③世界観に浸りたいから



自身なら③の気持ちが強い。例えるならディズニーランドだ。光がまばゆいと周りが賑やかで楽しい雰囲気だと感じる。



クリスマスはなんと言っても夜の時間がよい。聖なる夜と呼ばれるだけあって上のような飾りや通りが普段よりも見映えよく見える。

もし、1年間夜がずっと今のような状態ならどうなるだろうか。毎日、綺麗な夜を過ごせるかもしれない。


あなたならクリスマスはどうやって過ごす?

みんなに幸せなクリスマスを!
無関心こそ、最大の傷つけ合いだ。




人間は他人に無関心だ。知らないのだから当たり前なのかもしれない。日本人は親切だと言われる。どこがそうなのかわからない。



毎日のように殺人や事故が起こる。1日たりとも人が亡くならない日はない。たとえこのようなことが起こっても自分には関係ないと物事を直視しない者もいる。



学校においてはそれは日常茶飯事だ。自身もいじめにあった経験がある。ある人は、いじめられるほうが悪いと言う人もいた。


実際は助けを求めても誰も助けてはくれない。助けた場合、その人にも危害が加わるかもしれないからだ。誰だって暴力は受けたくはない。


自分自身を守るためにあえて無関心になるのだ。その結果、「自殺」という悲しい結末を迎えてしまう。


この2、3年でいじめが原因で自殺する生徒が増えた。公表されていない分だけでもかなりの数になるかもしれない。


事件後にアンケートを実施する傾向があるが、何のためにするのか?



当事者はウソを書くかもしれない。本当のことを書いてくださいと書いても無駄なのだ。



いじめに限らず、起こる事件や事故は関わる者だけの問題ではない。


たとえ直接は関係ないとしても、自分も関係者である意識を持つべきだ。    


それは私たち日本人が本当の親切な人となるために必要なことである。


脱・無関心!

貯めるのは楽しいが、目的があるならすぐに使ってしまおう。



最近はスーパーをはじめ、書店やレストランなどでポイントカードを導入するところが増え続けている。TSUTAYAで有名な「Tポイントカード」は提携店舗が6万にも達した。どこにいっても「ポイント貯まる・使える」という看板を見るようになった。


自身、使える店を見つけたときには「これでポイントが増えるぞ!」とウキウキ気分で中に入っていくことが多い。貯めるところまではよいものの、何に使うのか?そこまで貯めてどうするのか?という気持ちになってきたのだ。

主な利用方法として、会計金額の割引や商品券の発行が挙げられるだろう。「○○円のお買い上げで○○ポイント進呈」といった広告方法で、気づかないうちに私たちはポイントという言葉をエサにおびき寄せられているのだ。


問題は自分は何のために貯めているのかということ。1万ポイントでも貯めたら何かに交換できるのだろうか。そうではないのなら貯め過ぎないで目的のためにさっさと交換するべきではないだろうか。そうでもしなければ、貯めることだけが目的になってしまうからだ。宝の持ち腐れだろう。



貯めたって使えば減るもの。それはお金と同じだ。金銭とポイントを交換しているのだから、累計を見てどれだけ使ってきたのか考えたほうがよい。


貯めた道のりをムダにしないために。。。

夢への挑戦。だが、買う枚数の積み重ねが痛い!


今年の年末ジャンボ宝くじが販売終了した。


果たして全国で何人が買ったのだろう。


1枚300円。100枚なら3000円だ。この投資を吉か否かはその人次第だが、自身はもったいない!の一言に尽きる。


毎年、3000円つぎ込んでいたら10年で3万円である。当たらなければ無駄なお金になってしまう。それよりその資金で旅行に行けるのではないか。


自身、当選した最高金額は5000円だ。それも総計20万円くらいつぎ込んで当てたものである。


あとの19万5千円はどこに消えてしまったのだろうか。


とてももったいない。どこかの支援団体に寄付されているのならよいのだが、違うのなら悔やまれるばかりだ。



何でも挑戦するのは良いことだ。投資と言ってひたすらお金を使っていたら後先にが大変になる。



今の状況と資金を考えて買うこと。それが宝くじだ。

電車での行動で人の生活が見えてくる!?



電車内ではどのようなことをするだろうか?


自身の場合は音楽を聴くか、本を読んで時間を過ごしている。


実はこの記事を書いているとき、まさに電車の中だったりする。



周りを見渡してみてどんなことをしているか挙げてみる。

①寝る

②音楽を聴く

③スマホ・携帯ゲーム

④DSやPSPなどの携帯用ゲーム機

⑤本・新聞を読む

⑥おしゃべり

⑦仕事

⑧勉強

8*つ挙げてみたが、この中であてはまることはあるだろうか?もし、ほかのものがあれば知りたいものだ。



日頃から電車を利用しているため、周りを見渡す機会が多いが実に面白い。


なぜなら一種の憩いの場になっているからだ。
(満員電車は別ではあるが・・・)



寝ている人ならなかなか睡眠時間を確保できていないのかな。


勉強している人なら何か大切な試験が控えているのかな。



などと色々な想像ができる。



よく通勤・通学時間を利用して○○しよう!という言葉を聞くが、電車の中くらいは力を抜いて楽にすれば良いのではないかと感じる。



だって『憩いの場』なのだから。


それにしてもスマホをいじっている人がかなり多いが時々、恐怖を感じてしまう。無表情で黙々と操作しているためか。    



電車でのんびりして、気持ちを切り換えよう!

コメントは交流の場ではないのか!?



更新していなかった時期もあるが、このブログを始めて約5年になる。


読者になって頂いている方にはとても感謝している。


最近はブログというツールも収入源の1つになっているようだが、どうもコメント欄の使い方に自身は憤りを感じている。



以前、閲覧者を限定する(アメンバー)記事を書いたことがある。内容は暗いものだったのだが、その記事に対してコメントがあった。


それが以下のものだった。


『面白い内容ですね! とても勉強になります!ぜひ、私のブログにも遊びに来てください!』



まず、アメンバー申請もされなかったのにどうやって記事を見たのか疑問なのだが1番は内容をちゃんと見ていないことに怒りを感じたのだ。


普通の人なら暗い内容に対して面白い内容!なんて言わないだろう。明らかに自分のアクセス数を増やすためのコピペ文章だ。



この1件があって以降、明らかに不自然な内容は削除しているがそれでも止まらない。


本当はコメント禁止にすればよいのだが自身はいつでもブロガーと交流できるようにとOKにしている。


コメント枠はその人と会話をするための大切なツールではないのだろうか。

例えば、社会的出来事であれば議論の場であったり


料理やペットを紹介するのであれば、そのレシピや情報交換など様々な使い方はあるだろう。


しかし、金儲けのためだけにコメントするのは自身は嫌な気持ちになる。もっと健全な交流はできないものか。



どうしてもするのであれば、書いている内容についてしっかりコメントするべきだ。



お互いが良い気持ちでブログ運営ができるように。。。
1日に必ず、癒しの時間を持とう!
そうすれば気持ちにゆとりができて、きっとよいになる。
 



私たちは日本という国にいるわけだが、よく耳にする言葉は「忙しい」だ。



「忙しくて自分のやりたいことができない」とか「忙しくて落ち着く時間がない」とも言う人もいる。



以前、友人と以下のような会話をしたことがある。

注:  と:自分自身      友:友人


友:「忙しくて死にそう・・・」

と:「どうしたの??」

友:「仕事でやることが多くてパンクする」

と:「優先順位つけてみたら? ぁ、最近の癒しとか、落ち着く時間ある?」


友:「ない・・・何すればいいかもわからないし、時間もない・・・」


以上。



例に出した友人と話したときの印象は追い込まれていて、とてもつらいものだった。



自身もそうではあるが、なかなかゆとりのある時間を持つのは難しいことだ。  


しかし、そのような状況でもわずか数分、数秒だけでも癒しの時間を創りだすことができたらどうだろうか?


気持ちが落ち着いてスッキリした気持ちになるかもしれない。


癒しに必要なものはなんでもよい。キーワードは
『自分が○○をすれば安心する』だ。


例えば、好きな曲を聴いたり、歌ったり、散歩するなどなど自分が好きなことならなんでもよいのだ。


ちなみ最近の自身の癒しは帰り道に星空を見上げること。


見上げて『あれは○○座だ!』ということはできないが、星の光と静かな夜の雰囲気に自然と癒される。


もし、その日に嫌なことがあったとしても星空ですべて消えてしまうのだ。



さぁ、最近、癒しがないという人は癒し探しの旅に出てみよう!

目的は自分自身を落ち着かせることなのだから周りのことを気にする必要なんてない。



これは1日をよい日にするための大切なことなのだから。。。
「若い」という言葉を言い訳にするな!
歳は関係ない。。。やる気をだそう。


「よく、若いからいいね・・・・」とか

「若いからなんでもできるね」とか言う人がいる。



相手が自分に対して「若いから考えが甘い」・「まだまだ」というのならまだ、自身の力が足りないんだなということで解釈はできる。

しかし「私は歳をとっているからムリだ」とか「若いからできるんだ」と言い訳している人にはうんざりしてしまう。


自身の友人には商店街のイベントリーダーを務め、地域を盛り上げている人がいる。
その人は自ら語学教室を主宰したり、海外1人旅をしたりとパワフルだ。


友人は「歳は関係ない。 私はやりたいことをやるために方法を考えて実践しているだけ」


とてもこの一言には感銘を受けた。

歳を言い訳にしている暇があったら方法を考えて行動するということが大事だということだ。



自身は確かに歳の数は若い。だからと言ってなんだというのだ。歳のせいにして自分のやりたいことを犠牲にするのはもったいない。

やる気があればできることがあるのだから、それをやってみればいいのではないか。


後悔しないために若さを言い訳にしないで行動をしよう!
ジンクスをジンクスと思わなければいい。周りの助けで復活を!  



ついに突入してしまった。。。
正直、怖い1週間だ。


いったい何の話だ!?と思う方が多いかもしれないが、実は日曜日にあるイベントがあるのだ。


毎年恒例なのだが、その直前にジンクスなのか何かしら悪いことが起こってしまう。



例えば、インフルエンザ・入院・風邪といった体調を崩してしまうのだ。


今のところは大丈夫だが・・・


さて、『ジンクス』を吹き飛ばすにはどうすればよいだろうか。


よく野球では『2年目のジンクス』という言葉が使われる。

それは1年目に活躍した選手が研究されて次のシーズンはなかなか成績が残せないというものだ。


当事者となる選手は、ひたすら練習・研究して来季に臨んでいる。


この場合、練習・研究しかすることが限られているためそれに集中すればよい。



これを私たちのジンクスに置き換えてみたらなにができるか。

①いつもと違う行動をする

②神頼み  

③あえて考えないようにする



1番楽なのは③なのかもしれない。
しかし、心の中でふと考えてしまうこともあるだろう。



そんなときは友人と毎日、やりとりして気持ちを落ち着かせるのはどうだろうか。  


1人で抱え込まず、誰かに聞いてもらう。
相談することができれば、必ず誰かが助けてくれる。
 

その人はきっとこの先、何が起こったときにも助けてくれるかもしれない。



周りの支えでジンクスに打ち勝とう!