
期せずして吉野家は弊社と同じオレンジ色をシンボルカラーにしている。
吉野家の看板がオレンジ色になった理由はチェーン化のお手本にしたアメリカのハワードジョンソンというコーヒーショップチェーンの屋根の色からだという。
このきっかけになった昭和43年のアメリカ視察ツアーにはロイヤルホストの社長さんも参加していて、ロイホの看板の色も同じ発想でオレンジになったそうだ。
さて、この吉野家。
チェーン化する前は築地で一店舗のみの営業をしていた。しかし、昭和40年頃にはすでに年間1億円を売上げる超繁忙店になっていたという。(本店の席数はわずか15席。一日一席当りの回転回数が66回転を超える(!)計算になる)
そして当時の吉野家の社長だった松田氏が「売上を二億円にするにはどうすればいいのか」とコンサルタントに質問したところ、
「店を増やせば?」とアドバイスされ目から鱗が落ちたような気持ちでチェーン化に進んだ由。
しかし、店舗数が急拡大した昭和55年、吉野家は倒産を経験する。
原因はあまりにチェーンが急拡大したため当時の少ない牛肉輸入では吉野家の需要を賄いきれなくなってきたことだった。(吉野家では牛肉のうちショートプレートという部位しか使わない。ピーク時にはこの部位の全輸入量の85%を吉野家一社が消費していたという)
そのほかの具材も供給が追い付かなくなり、お新香を半冷凍で輸入したり、輸送コストを抑えるためにタレを粉末にして店舗に供給したりした。つまり、品質や顧客満足より店舗数の維持を優先したわけだ。
そして牛肉の不足に耐えられなくなり最悪のタイミングで値上げを行い、これがとどめとなり会社更生法を申請する。
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話変わって吉野家で牛丼の具をどんぶりに乗せるときに使うお玉。全店統一で穴の数は「47個」というのをご存じだろうか。
吉野家のマニュアルではご飯は2度、具は1度で盛る。「タレと具材をベストの比率で1度で盛る」のに適した穴の数が47個なのだという。このお玉で具材をさっとすくい、1度で盛るのはなかなか難しく、仕事を覚えたかどうかの目安にもなるとのこと。
さて、吉野家のアルバイトからたたき上げ、会社更生終結後、社長として再上場を果たしたのが安部修仁氏。(現在はグループ統括会社である吉野家ホールディングス社長。)
BSE騒動も乗り越えた。
その安部社長、来週15日(月)の「カンブリア宮殿」に出演します。
この辺の事情をたっぷりと語ってもらえるのではないかとわくわく。
楽しみです!
参考資料:「吉野家の経済学」日経ビジネス文庫、安部修仁・伊藤元重著、2002年1月刊、600円+税
「プレジデント」2001年10月1日号
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筆者山崎誠の経営する事業再生専門コンサルティング会社
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