過ちや間違いを正してくれる人を大事に。 | 数多くの難病や命の危険に晒されている狭心症と闘っています。『義を見てせざるは勇無きなり』

数多くの難病や命の危険に晒されている狭心症と闘っています。『義を見てせざるは勇無きなり』

今まで幾度もの病と数えきれない程の手術で身体は手術痕だらけ。例え病気のせいであろうと五体満足に産んでくれた母に申し訳ない気持ちで一杯です。『You'll Never Walk Alone.』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※BGMでも聴きながらお読みください。

 

 

 

MISIA - 逢いたくていま

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分の過ちや間違いを指摘してくれる人は案外、中々いない

 

 

ものだ。

 

 

そして、それを言い訳や他人のせいにし、自分で認めない人

 

 

も多くいる。

 

 

だけど、自分の過ちや間違いを指摘してくれる人こそ、一番

 

 

大事にしないといけない友人・親友・心友ではないだろうか?

 

 

昔の僕は仕事以外の時は結構、我が強い人だったと思う。

 

 

仕事の時の自分と公私の「私」の自分が違うなんて二重人格

 

 

の様だけど、そうしないと生きてこれなかった。

 

 

今は、ただ、身体の不調と、新たに次から次へと湧いてくる

 

 

病との闘病生活で疲れ切っているけど、それでも生きている

 

 

間は闘わざるを得ない。

 

 

闘いたく無いなら、病に負けるなら自死するしかないけど、

 

 

自死したら、皆が待っている世界に逝く事は出来ないだろう。

 

 

それでも、怖いのは、もう二度と顕在化して欲しく無いけど

 

 

解離性健忘症になり前の2度の時の様に自死しようとして、

 

 

それが成功してしまう事だ。

 

 

今のところ医大の精神科の先生が処方してくれた薬が効いて

 

 

て、解離性健忘症になる事はないけど、先日、少し危ない時

 

 

がありました。

 

 

11月2日に診察があるから、その旨を相談しようと思って

 

 

いる。

 

 

様々な病が世の中に多いけど精神科の場合、先生と患者の信

 

 

頼関係が一番、治療の上で大事な病は無いと思います。

 

 

そして、他の診察科は先生の診察に従うかセカンドオピニオ

 

 

ンに行き病気を受け入れて治療するしか無いけど、精神科の

 

 

場合は先生から普段の自分の生活や考えの過ちを指摘され、

 

 

反発したりする事も多いけど、自分の過ちや間違いを指摘し

 

 

てくれるのは先生と患者である僕と信頼関係があるからだ。

 

 

解離性健忘症になった時、精神科の先生は僕がネットで調べ

 

 

た薬を言えば自分の考えは無しに望む薬を処方してくれてた。

 

 

そういう先生を僕は信頼していなかった。

 

 

そして解離性健忘症になった時に、それを先生にぶつけった。

 

 

「先生は一度も自分が僕の症状を知りながら自分から自分で

 

 

選んだ薬を処方してくれた事が無いでしょう?精神障碍を治

 

 

すのに一番大事なのは先生と患者との信頼関係じゃないです

 

 

か?」と。

 

 

そして1週間後に先生が調べ薬を処方してくれる事になり、

 

 

1週間後、先生は「僕の渾身の処方する薬です」と出してく

 

 

れたのが今の薬です。

 

 

漢方薬でクソ苦い薬だけど、流石に渾身の処方でした。

 

 

あれから、僕は、今の精神科の先生を信頼出来る様になりま

 

 

した。

 

 

主治医の先生は、とても穏やかで優しく謙虚な先生で、正直

 

 

大人し過ぎると、実家にいた頃に通院してた頃の主治医の先

 

 

生に比べたら物足りないけど、そういう性格の先生なのだか

 

 

ら仕方が無い。

 

 

でも、怒らせたら結構怖い先生かもしれないな。

 

 

そんな先生だけど一度信頼した以上、素直に話し、素直に聞

 

 

こうと思う。

 

 

多分、死ぬまで、双極Ⅱ型障碍が治る事は無い。

 

 

解離性健忘症も薬を飲んで無いと、また家族を壊す様な馬鹿

 

 

な事を仕出かすと思う。

 

 

僕が抱えている病の全てが、治る事の無い病で一生、通院し

 

 

治療し付き合っていかないといけない病ばかりだし、狭心症

 

 

に関しては、いつ、また致死性心室細動が起きるか判らない。

 

 

ハッキリしているのは次に起きたら蘇生は無いだろうという

 

 

事。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

May be the best year of my family.