5月19日にはボクシングの日。1952年5月19日、東京・後楽園球場特設リングで白井義男(カーン)選手が、世界フライ級王者ダド・マリノ(米)に挑戦。15回判定勝ちで日本人選手が初めてプロボクシングの世界王者となった記念すべき日である。そして、王者マリノのコーナーには4月22日(日本時間23日)に逝去されたスタンレー・イトウ(享年95歳)氏の姿があった。
左からスタンレー・イトウ、ダド・マリノ、サム・イチノセ。
東京オリンピックでは日本チームの特別コーチを務めた。
イトウ氏の自宅には多くの日本人選手が合宿し、ホノルルのリングに立った。
若き日の米倉健志(興伸)選手。
元世界フェザー級王者西城正三(協栄・左から二人目)選手とのコンビは有名。
具志堅用高(協栄)選手のカットマンとして活躍。
多くの日本人選手、関係者がイトウ氏と共に訪れたレストラン・フラミンゴ。これは初めてハワイに行った時のものですが、まさか、イトウ先生の下でボクシングの勉強をする事になるとは思ってもいませんでした。
右は元ランカーの佐々木 聖 (東邦)氏、隣はサム・イチノセ氏。
プロ解禁前の中国へ選手をスカウトするべく、イトウ先生と共に北京に行きました。この計画が途中で頓挫したのは本当に残念でした。

2012年、『ボクシングの日』。日本プロボクシング協会大橋秀行会長は、心から感謝の気持ちを表した。
2016年のイトウ先生からのクリスマスカード。
カカアコジムのビジネスがイトウ先生との最後の繋がりでした。最後の清算はしたくない気持ちでいっぱいでしたが、このカードを読んで2017年1月に大竹重幸氏とイトウ先生に会いに行く事を決めました。
イトウ先生、二人の娘さんと。
「スタンレーさん、どうしてるかなァ。また、会いに行かないとなァ」
いつもそんな事を話していたんですが・・・。
長い間、本当にお世話になりました。お疲れさまでした。心よりご冥福をお祈り申し上げます。
ありがとうございました。






















