シーサケットに勝てた男・佐藤洋太 「WBC世界スーパーフライ級」 | BOXING MASTER

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輪島功一選手の試合に感動、16歳でプロボクサーを志し、ボクシング一筋40年。ボクシングマスター金元孝男が、最新情報から想い出の名勝負、名選手の軌跡、業界の歴史を伝える。夢と勇気と感動を与えるブログ。


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ローマン・ゴンサレス(ニカラグア)に連勝。一躍世界に名前が知れ渡ることになったシーサケット・ソールンビサイ(タイ)が、初めてWBC世界スーパーフライ級王座を手にしたのは2013年5月。タイ・リングでシーサケットの挑戦を受けた当時のチャンピオンは佐藤洋太(協栄)選手だった。

 

 

シーサケットの同僚スリヤン・ソールンビサイ(タイ)から王座を奪った佐藤選手は、オプション契約により8位シーサケットの挑戦を受けることになった。18勝(17KO)3敗1分という破格のKO率を誇っていた挑戦者だが、デビュー当初とはいえ3敗はいずれも日本のリングで喫したもので、八重樫 東 (大橋)選手には3回TKO負け。佐藤選手に敗れている大庭健司(FUKUOKA)選手にも負けていた。

 

以後、地元リングで無名相手にKOの山を築いてきたシーサケットだが、赤穂 亮 (横浜光)選手の強打を見事に空転させた佐藤選手のテクニックをもってすれば、敵地でも防衛は固いのではないかと見られ、ファンの期待も高かった。

 

 

1976年10月。日本リングでは二夜続けて世界王者が誕生。9日、ミュンヘン五輪代表からプロ入りしたロイヤル小林(国際)選手が2度目の世界挑戦を実らせ、リゴベルト・リアスコ(パナマ)からWBC世界スーパーバンタム級王座を奪取。10日には僅かプロ9戦目で強打のホアン・グスマン(ドミニカ)の持つWBA世界ライトフライ級王座に挑んだ具志堅用高(協栄)選手が、衝撃的KOでグスマンから王座を奪取。

 

具志堅選手は以後、13度の防衛に成功するロングラン王者となったのは、皆様ごご存知の通り。オプション契約に基づいた元王者ハイメ・リオス(パナマ)相手の初防衛戦を日本開催に持って来た、金平正紀・協栄ジム創始者が用意した会場は、使用料が安くない日本武道館。

 

 

小林選手はリアスコに挑戦する前にWBCから義務付けられた、45日以内に 廉 東均(韓国)の挑戦を受けるという指令に従うことになる。日本側は好条件を示したが、WBCが韓国開催を認めてしまっていたこともあり廉側も譲らない。結局、韓国での開催となるのだが、日本側は主審と副審を送り込むことに成功。

 

1975年に3度日本のリングで戦っている廉は打ち合いを得意とするファイターで、打ち合いに自信を持つ小林選手にとって相性が良いと思われ、日本選手が勝てない韓国リングでも小林選手の強打が爆発するのではないかと期待された。

 

 

しかし、1976年11月24日に韓国・ソウルで行われた試合では、廉は徹底的に足を使い打ち合いを回避。初回に小林選手が足を滑らせ倒れたところに廉の左がかすっていたというダウンがスコアされた後、打ち合いが一切ない15回が終了し小林選手は敗れてしまう。

 

試合後、「小林に勝つにはこれしかなかった」と廉は凡戦に終わった試合を詫びたが、韓国ファンは「執念の勝利」と称え称賛した。

 

 

世界チャンピオンの遠征試合には普通、5人分のビジネスクラス航空券と、ホテル、食事が付く。佐藤選手陣営は、金平会長夫妻、佐藤選手、新井トレーナー、通訳氏の5人で出発。大竹重幸マネジャーは、同日の別便で後を追った。

 

シンデレラボーイの元世界フェザー級チャンピオン西城正三選手に憧れ、中学生で協栄ジムに入門。日本タイトル挑戦を目の前にして、ケガの為に現役を断念した大竹氏は故・金平正紀氏の下で、「本当に勉強させてもらった」というマネジャー時代を送っている。

 

1993年の勇利・アルバチャコフ選手のタイ防衛戦にも、フライ級リミットのおもりと、大量のミネラル・ウォーターを持参して帯同。同じところをグルグル回る送迎車に待ったをかけ、表通りの騒々しい部屋を与えられた勇利選手とは、タイ陣営には断らず部屋をチェンした等、その経験は陣営で一番。

 

タイに渡ってからも佐藤選手の調整は順調。王者の部屋がツインだと知った大竹氏は、セミダブルをあてがわれた自らの部屋とチェンジ。電話回線も外して間違い電話も関係無し。公開練習も順調にこなした佐藤選手。しかし、なぜだか金平会長は公開練習に姿を見せていない。「春原さん(故人・ボクシングビート)も驚いてたなァ」。

 

 

試合会場の室内体育館は大型扇風機が何台も回され、タイの暑さも苦もなく思われたが、それは世界戦開始前まで。シーサケットのバンテージ立会に行った大竹氏は述べている。「あれはマグロの解凍と一緒だよ」。クーラーをガンガンに効かせた控室で、上半身裸でバンテージを巻くシーサケット。

 

大竹氏は佐藤選手にもこの情報を伝えている。しかし、やはりクーラーが効いた控室は「ちょっと寒いっすよ」。そしてリング入場。長いセレモニーが続く。蒸し暑さがジンワリとのしかかって来る。「ちょっと、やる気も無くなって来ちゃいますね~」。王者がポツリとつぶやいた。

 

ようやく試合が始まった。そして佐藤選手は驚くほど動けなかった。結果は8回1分26秒TKO負け。敗軍の将、金平会長は「コンディション等も問題なかった。しかしいざ始まってみたらまるで動かなかった」とのコメントを残している。

 

 

期待されながらも、かつてタイで世界王座を失った協栄ジム初代世界チャンピオン海老原博幸氏の雪辱ならなかった佐藤選手には、リベンジを期待する声も多かったが、この試合を最後に引退。同じフロアで練習するサーシャ・バクティン選手をお手本に、世界王座まで登り詰めたナイスガイはリングを去った。

 

 

そしてシーサケット。いいよいよ24日(日本時間25日)に米・イングルウッドのフォーラムで開催されるHBOファイト・”スーパーフライ2”で、元世界フライ級王者ファン・フランシスコ・エストラーダ(メキシコ)の挑戦を受ける。極貧生活から脱出するために選んだボクシング。いきなりの日本遠征で敗れても、辞めるという選択肢がなかったと言うシーサケットは、「人生は選べないが、変えることは出来る」。注目の一戦です。

 

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