コロナのおかげで、中高生は

 
様々な大会が中止になり、普段の
 
練習も自宅で、自分で考えて行わ
 
なければいけなくなりました。
 
 
その結果、これまで当たり前に
 
行われてきた長時間の練習、土日は
 
ほぼ休みなしで拘束されることや、
 
試合に勝たなければいけないため
 
におざなりにされてきたことが
 
何なのか、はっきりわかるように
 
なったと感じています。
 
 
うちのサッカー少年と高校球児に
 
関しては、明らかに二人とも
 
身体が大きくなりました。
 
 
長男の高校は日本でも下から5本
 
の指に入る程練習時間の短い学校
 
です。そういう意味では、次男の方が
 
放牧されたような状態になった効果は
 
目に見えて大きいものがありました。
 
 
また、自分で考えて練習しなければ
 
いけない時間が増え、タイムマネー
 
ジメントが二人とも非常に上手くなった
 
と感じています。 いかにこれまで指導者に
 
意味を考えることなくやらされる練習が
 
多かったか、これも次男の方が変化は
 
顕著にあらわれました。
 
 
育成年代のスポーツは、これを
 
機会に本来の姿を取り戻さなければ
 
もう変わるチャンスはしばらく来ない
 
かも知れません。
 
 
高校野球も、現在行われている代替
 
大会で高校生が野球を楽しむ本来の
 
姿があります。
 
 
甲子園大会がなくなったおかげで
 
試合は土日だけ、連戦は多くて2日の
 
ところが増えました。
 
 
ピッチャーの酷使は減り、負けたら
 
この世の終わり、といった悲壮感も
 
ありません。
 
 
子供も親も、野球の試合ができること
 
に感謝し、野次も例年より少ないと
 
聞きます。
 
 
甲子園大会を踏み台にして進路を
 
決めていた人たちも、今年行われる
 
ショーケースを毎年行うようにすれば、
 
ショーケースに呼ばれるレベルの実力を
 
つけるにはどうすればいいか考えながら
 
部活をするようになるでしょう。
 
 
勝つためだけにやる野球とは、まったく
 
意味合いが異なってきます。
 
 
甲子園のような巨大ビジネスモデルも
 
今が変わるチャンスなのではないで
 
しょうか。 スポーツの本質を図らずも
 
コロナが教えてくれました。