【6年春全国大会予選~夏の地区予選】


負け癖がつき、バラバラなチーム状態の

まま、春の県大会を迎えました。


初戦は、ハイレベルな地区の1位が相手。

大会屈指のピッチャーと長距離砲がいます。 


この試合は、相手のアップ、バッテリー、

シートノック、声、どこをとっても

勝てる要素はありませんでした。


ところが、エースが上手くタイミングを

外し、意外に接戦に。0-2のまま6回裏

に入り、長男のバットがようやくここで

火を噴いて同点に追いつきます。


この時は嬉しかったですねぇ。

いま思い出してもじーんときます。


さらにそのまま勝ち越し、逃げ切って

しまったチームは2試合目も勝ち、ベスト8。

全国大会へは行けませんでしたが、予想外の

好結果で最初の県大会が終わりました。


しかし、下手に県大会で結果が出てしまった

ため、息子の役割は変わらないまま。


バッティングの調子がイマイチ上がらない

なかで、相変わらずローカル大会では

ひとつも勝てない状態が続きます。


夏の県大会の地区予選では、普段なら

楽に勝てる相手に大苦戦。初戦敗退も

覚悟しましたが、特別延長にもつれ

込んで何とか勝利。


その後準々決勝、準決勝と接戦を

制するも、息子だけはバントのサインが

出されるケースが続きます。


決勝戦はついにピッチャーが居なくなり、

2-8とリードされたところで、投球練習

なしで息子がマウンドへ。


相手はコールド勝ちの皮算用をする中、

3回7奪三振無失点の好リリーフ

で、味方の大逆転を呼び込み、なんと

優勝投手になってしまいました。


しかしながら、本人も私も、起用法と

打撃成績には全く納得していませんでした。


クリーンアップに戻るためには、バントの

サインが出ない時に打ちまくるしかない。


打球はチームで一番飛んでいくのに、その

スイングをすることが許されないもどかしさ

と親子で戦っていました。


この時期は、私にも迷いがありましたね。


チームでは、「フライを上げるな。大きいのを

狙うな。単打狙いでアベレージヒッターになれ。

ランナーがいるときは、転がして次の塁に進めろ」

と指示が出る。


しかし日頃の練習では、「ゴロ禁止!フライOKで

ホームランを狙うスイングをしよう」と練習していた

訳ですから。


今考えると、一番しんどい思いをしていた

のは長男なのに、「バントのサインが出ない時に

結果をだせ!」とプレッシャーをかけすぎていた

と反省しています。


とはいえ、なぜ2番を打たされていたのか、

未だにわかりません。


そんな中、夏の県大会である事件が起こります。


つづく…