長男が3年生、次男が小学校に

入学する年の3月に、私は千葉県

から三重県に引っ越しました。


親の病気がひとつのきっかけでしたが、

都会の受験戦争に対する反発、(自分が

教師として受験戦争に加担している現実)

原発事故で住まい周辺がホットスポット

になったり、自分を育ててくれた自然や

色々な伝統行事がまだ残る田舎で子育て

をしたいという思いなど、様々な理由が

重なりました。


長男には、転校するにあたって嫌な思いも

させましたが、生活に慣れたころに友達づくり

もかねて、以前から本人がやりたがっていた

野球を始めることになりました。


今でこそ、走・攻・守ともに評価していただ

けるようになった長男でしたが、始めたころは

お世辞にもうまいとは言えない選手でした。


チームは、水・金に6時から9時まで平日

練習があり、土日はほぼ練習試合という

小学生にしてはハードなチーム。


県大会で優勝して全国大会にも出場した

ことがあり、甲子園球児やプロ選手も

輩出しています。


監督は、練習はほぼノックしかしない。

守備が苦手な長男は標的にされ、特別に

厳しくノックの雨を降らされる毎日。


その当時は、私自身身体のケアに対する

知識もなく、意識も低かった。


膝や足の裏が痛くなり、練習を休んだり

することもありました。


小3から小4までの間に心がけたことは、

整理してみると次の3点でした。


1.家では苦手克服のための練習よりも、

  長所を伸ばして他の子よりも得意と

  言えるものを作る。


2.身体のケアについて親自身が勉強し、

  子供達は寝る前の柔軟体操を欠かさない

  ようにする。


3.勉強第一。勉強をやって初めて野球が
  
  できることを分かってもらう。


小3の9月で6年生最後の大会が終わり、

小5から小3の10数名でレギュラー争い

が始まりました。


5年生は7人。守備の上手い3年生が

内野に入り、長男は1人しかいない4年生と、

9人目のレギュラーの座を争うことになりました。


同じ力であれば、上級生の方が使われて

しまうことは火を見るより明らかです。

この頃から、朝練を始めるようになりました。


少しずつ試合に出る機会が増える中で、

好きで毎日練習してきたバッティングで

代打として結果が出始めます。


3年生の9月に、5年生から初めての

ホームラン。そして11月には7番セカンド

で出場し、3打数2安打で初勝利。


しかし、2試合目はコールド負け。


練習試合で守備や走塁ミスを連発する

長男は、ついに4年生にスタメンの座を

奪われてしまいます。


春に向けて必要なことは、守備力と体力、

走力の向上であることは明らかでした。


つづく…(何回か続きます!)